356話 悪獣弑逆その6

 手あたり次第、がむしゃらに振り回したせいで崩れた体勢。けれどそこにいると分かっているのだからこの期を逃すのは惜しい、俺は無理にでも蹴り上げる。


 浮かせれば狙い目だと考えていた俺の魂はどうやら記憶力がないらしい。


 悪獣はもがくこともせず、打ち上げられる速度よりも素早く手を伸ばして地面にべたりと触れさせる。次の瞬間には掌が本体になって、俺が蹴り上げたのは腕一本だったことにされる。


「クソがッ!」


 一直線に突っ込んでくる怪物を迎撃せんと、俺は足元を踏み抜く。砕け浮き上がる岩盤を蹴って押しやる───突っ込んで痛い目見やがれ!


 それもあっさりと躱される。


 正確には岩には当たったはずだ。だが超光速の変形はその衝撃を素直に受け止めることはさせなかった。岩と岩の間の隙間から染み出るかたちですり抜けて、勢いを殺さずかつダメージをゼロに抑えるのだから堪ったもんじゃない。


 俺は斬りつけながら、ようやっと復調したらしい脳みそをブン回して考える。


 ───なんで蹴ったときに同じことをやらなかったんだ?


 岩の隙間に身体を透す精密変形が可能なら、俺の蹴りくらい如何様にもすり抜けられたはずだ。それをあたかも普通の肉体みたいに吹き飛ばされるのはおかしいじゃないか?


 ……試してみるか。


 やはり俺の攻撃を律儀にすべて回避する悪獣に、俺は《火焔光背》で攻めかかる。焼き尽くす条件は、『俺から逃げようとする行動』。離れようとすれば火勢が強まり、意思は行動を残せずに完全燃焼していく。これなら逃げられないだろ!


 魔剣アルルイヤの一閃が、ついに化身に直撃した。得体の知れない色をした液体を撒き散らし、どうにか逃れようと身をよじり、ぼこぼこと変形するソイツは、何処からどう見ても苦悶に呻いている。


 やはり、こいつは俺の攻撃に対しては変形できないんだ。岩やら何やら、俺以外ならばぶつかった後から変形して衝撃を受け流せるが、俺にだけはそうじゃない。現に今の、《火焔光背》のさ中で、こいつは一太刀をなすすべなく喰らった。


 これなら、勝てる。


 ───例えヤツが気づいたとしても。


 大神を上回るであろう化身の行動の全てを燃焼させられるほどの力は出せない。そんなことをすれば《火焔光背》は容易く振り払われ、警戒されて近づくことすら儘ならなくなる。この距離のまま決着をつけるしかないから、俺は逃がさないことに専念している。そして《火焔光背》と《光背》は併用できない。


 だから反撃は素通し。こっちの攻撃を回避させない代わりに、こっちも攻撃を防げない。つまるところ根競べで、こんな獣畜生に負ける気は微塵もなかった。


 俺の心を折れるもんなら折ってみやがれ、折れたとしてもまた創るけどな!

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