353話 悪獣弑逆その3

 黒の裂け目が塞がっていく。


 化身無明なるものは瞳を燃やしながら裂け目の向こうに退散する。呼ばれなければ来られないという情報を知って流し込まれていたから良かったものの、躍起になってあれを殺そうとすればもっと酷いことになっていたはずだ。少なくとも、今の俺で勝てる見込みはない。


 ヤツらの全てを知り得た訳ではないから断言しづらいが───ケルヌンノスもバスティも、《暁に吼えるもの》の化身の中ではさほど強い方ではない。策謀と魔術であれこれ操るすべには長けていても、直接戦闘チカラでどうこうするタイプではないからどうにかなった。


 《九界》に送り込まれた化身の中じゃ、俺は武力担当だったんだ。それにしたってもっと強い化身はゴロゴロいたことを考えると、が最善の道と確信できる。


 ───なにせ今の俺は、前の俺と比すればのだから。


 かつての俺、バスティから力の供給を受けていたユヴォーシュ・ウクルメンシルは、自覚こそなかったものの非常に強力だったのだと思い知る。当時の俺は、自分が実はと知らないままに力を振るっていたに等しい。


 出力される結果だけ見ればバスティに制御されていた当時より自由に振り絞れる今の方があるが、その裏に潜む背財能力の差は計り知れない。俺の心象風景を焼き尽くさんとした恒星の熱量がそのまま俺のものになっていれば───つまりというユヴォーシュの裁量が焼き尽くされていれば───本当に《九界》を物理的にブッ壊すことだって容易いことだったろう。


「……ま、それでも戻りたいとは金輪際思わないけどな」


 俺が俺でなくなって、自由を全部捨てて得られる力に果たして何の価値があろうか。それなら力を全部失ってでも俺である方がずっといい。そういうもんだろ。


 こいつらはそうじゃなかったんだろうな、とケルヌンノスの亡骸に目を向ける。


 彼の光失せた瞳が、唐突に


 二つの眼窩から伸びた光柱───いいや違う、これは、




 


「───ッ今度は何だよ!」


 どこまでも用意周到なヤツらだ、こいつは俺は知らねえぞ! 与える情報を絞ってやがったのか、万一こういう状況になったときに俺の油断を誘えるように!


 畜生ちくしょ───


 毛むくじゃらの腕は俺を鷲掴みにすると、猛烈な速度で振り回し───




 ……次に俺が認識できたのは、俺が衝突した衝撃で倒壊する廃屋の中だった。


 瓦礫の合間、随分と遠くに見える、あれが《魁の塔》か? ……おいおい。


 《光背》がなかったら即死だぞ。


 あったって───死ぬ勢いだ!

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