347話 勇者始動その5
「う」
『なんだよ、やっぱりその気になりゃあ出来るんじゃねえか。腹立つ野郎だぜ』
『せいぜい背負っていけばいい。俺を殺したこと』
『ばいばい』
「お、おお、お」
俺の夢が薄れていく。まだ話したいことはいっぱいあるけれど、生憎とやらないといけないことが多すぎる。いつか俺も終わったときに、せめて彼らに向き合えるように生きるために、俺は現実へと帰らないと。
「おおおおおおお───」
───瞼を開く。
ずっと閉じっぱなしだった目に外光が差し込んで視界が滲む。眩しくて痛い。
でもそれが俺の痛みであることに、俺は泣きたくなるほど感動している。
そういう思いまで込めて、俺はがむしゃらに叫ぶ。
「莫迦な、どうやって───!」
バスティがそんなに狼狽する声、初めて聞いたな。ずっと余裕綽々なイメージがあったから似合わないぜ。
彼女の《信業》が俺の肉体を縛り直すより先に動かなければならない。白昼夢から戻ってきてまず《光背》を全力で振り絞る。流し込まれるだけ流し込まれた情報で、《暁に吼えるもの》の化身のスペックについてはある程度掴んでる───躊躇すればまた人形に逆戻りだ!
「キミにッ、魂なんてなかったはず! なのに《光背》を、どうやって───」
「無きゃないで作ればいい話だろう! 幸い《信業》は何だってできるらしいしな、そんなもんを俺に教えたお前の落ち度だ!」
「そんな莫迦なことが罷り通るわけ、ない!」
バスティがどう吠えようと、現にこうして《光背》は俺を守っている。いい加減事実を直視しやがれ、駄々をこねたって俺はお前ら側にはいくものかよ!
彼女の犬歯がぎり、と不快な音を立てる。
「こ、のッ───分からず屋、どうして───! 折角キミの生まれた理由を教えてあげたってのに───!」
「余計な世話だ馬鹿野郎───! だいいち、そう創ったのはお前らの方だろうがッ」
およそ高きに在るものを、神と呼ばれるものを、無条件に信じられない先天的欠陥。それによってどれだけ苦しんだとしても、誰かの仕組んだものだとしても、そこまでひっくるめて俺なのは動かしようのない事実だろう。だからそれを、そう仕組んだお前らがとやかく言うなんて、滑稽さにも限度ってものがあるぜ!
「この、このこのこのこの───! ボクらが、どれだけ、───」
「今更慌てたって知ったことか、俺は───」
不自然な姿勢のまま、床をまさぐっていた手がようやく行き当たる。俺はそれを握る。手が切れようが構うものか───
俺は俺が出した答えを刻みつける。
逆手のまま振りぬいた刃の軌跡が漆黒を描く。
魔剣の一閃が、バスティの神体を断ち切った。
───さよならだ。バスティ、俺の唯一無二の相棒。
「──────ぁ」
「自由に生きてやる」
その刹那、バスティの表情がふと和らいだ。
彼女ら《暁に吼えるもの》の化身には、ある一つの感情以外を抱けない、抱かないようないわば生態が備わっている。俺に執着するのもそれらしく装っているだけで、本心では灼熱の恒星の如き単一色の熱だけが渦巻いているはずだ。
俺も一時はそれに染め上げられそうになった身だから分かる。あの熱に焼かれれば他には何も残るまい。だから彼女がどんな顔をしようともそれはうわべだけで、俺を意のままに動かすための計算
───彼女はもう、神体を破壊されて、終わったのに。
どうしてそんな顔をするんだよ。
なあ、バスティ───
◇◇◇
───神体。
有機的肉体を持つ者は、その劣化やある程度以上の破壊で命を落とすリスクが常に付きまとう。命を落とせば魂をその世界に繋ぎとめるものはなくなり、心は霧散して完全な終わりを迎える。
それを回避するために作り出されたものこそが神体、魂を宿す《遺物》。これに魂を収めている者は、神体が破壊されない限りその魂が当該世界から離れることはなくなる。神体を更に収める義体がどれほど破壊されても、神体さえ無事ならばいくらでも再起の目があるのだ。
つまり裏を返せば、神体が破壊されれば、常人と同様に死を迎える。
バスティが光溢れさせ、崩壊するように。
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