346話 勇者始動その4
「さーてさて、もうそろそろ出来上がり───かな?」
ある段階を過ぎてから、ユヴォーシュはとうとう叫ぶことすらしなくなっている。今は流し込まれた意思と力───《暁に吼えるもの》の悪性そのものを定着させているのだから、そろそろ落ち着いていてくれないと困るというもの。
バスティも何か手を加える必要もなくなって、完全に暇を持て余している。ヒウィラの亡骸を眺めに行ったり、頭上で儀式を執り行っているケルヌンノスをどうにか見物できないかと展望階の縁まで行ったり、やがてすることがなくなってぼーっとユヴォーシュの様子を観察したり。
ずっと見ていたから、彼が完成しつつあるのが彼女には分かる。
思えば永かった。ケルヌンノスと対面して記憶を返されるまで実感していなかったが、五百年以上前に《神々の婚姻》があって、《暁に吼えるもの》の先任の化身たるスプリール・テメリアンスクが失敗した直後から彼女の使命は続いている。
その大半は、起伏になるような出来事もなく《枯界》で孤独に過ごした記憶。過去を消し、力を預かり、ただひたすら運命の出会いを待てと送り込まれて放置され続けた彼女は、故に本能的にこの日を待ち焦がれていた。
彼女にとってユヴォーシュは真に勇者である。この退屈で苦しく孤独な世界をブチ壊してくれるという期待は、彼女の硫黄色の瞳をより一層燃え上がらせている。
ずっと隠していた。記憶がないから理由も分からないまま、ただ『黄褐色の瞳を人目に晒してはいけない』という本能だけがあった。それと同時に、魔術師カストラスに義体を造らせる際の注文で、そういう瞳にするよう指示したのも彼女自身。
そういう目をしているのが
燃える《發陽眼》こそが自己の証明であり、それを共有するものは疑いようもなく同朋。そう刷り込まれていたから仮面で覆うしかなかったのだ。
だからずっと足りない感覚が消えなかった。ユヴォーシュは信頼に値する相棒にも関わらず、どうしても画竜点睛を欠いていた。バスティ自身も原因が分からないまま、
「やっと分かったんだよ。キミは、ボクの想いを受け入れてくれるって」
そっと頬を撫ぜる手つきは慈しみに満ちている。皮膚の内側で、彼女の流し込んだ悪性が渦巻いているのが分かる。完成するユヴォーシュは人族の形をした燎原の火そのもの。彼方から押し寄せすべてを灰と成さしめる神の顕れとなる。歯向かえる存在などいはしない。火勢が徐々に強まっていく。期待感が高まっていく。肉の器ならざる義体であっても、バスティの頬が紅潮していく───
───その蠢動に紛れて微かに、別の音が聞こえる。
「……え?」
頼りないがしかし確かに、規則的に打たれるビート。神の遣いたるものにそんなものは不要なのに、なぜ、どうして、
心臓がこんなにも脈打っている。
人間性なんて捨ててほしいのに、忌まわしい《九界》をメチャクチャにしてほしいのに、ダメだ、拍動はどんどん揺るぎないものとなっていく。
《信業》による状況の停止を試みて手を伸ばす───その手が弾かれる。愕然と見開かれたバスティの瞳が捉えたのは、見覚えのある光が彼女の干渉を拒絶した光景だった。
「《
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