344話 信心問答その5

『俺を殺したんだから、それを背負えよ。何をこんな火の玉に押し付けて楽になろうとしてるんだ』


「うっ……」


 そう言われると弱い。


 決着をつけたのはロジェスの一刀とは言え、俺は間違いなくマイゼス殺しに加担している。そこから目を逸らすつもりは毛頭ないが、しかしそれにしたって、


「言い逃れる訳じゃないが、俺はその責任をとれそうにないよ。こうして考えている俺自身はで、魂に紐づいた正当な心なんて持ち合わせちゃいなかったんだ。ただ人族社会に紛れ込むためにそれらしい擬態をしていただけの、異端どころか異物だった」


『言っておくけどなユヴォーシュ、そもそもお前はあんまり社会に溶け込めちゃいなかったぞ』


「余計な茶々入れてくるなよ」


『余計じゃねーよ。そもそも前提からして怪しいって言ってんだ。つか仮に、仮にお前が擬態してたとして、それでお前の罪が、お前の人生がどう変わるってんだ?』


 ニーオが俺の胸倉を掴む。苦しいという反応が起こらないのは、ここが現実ではなく心象世界だからだ。現実の俺はバスティにを流し込まれて苦悶している。そうと分かっていれば振り払う必要なんてどこにもないのに、俺はつい彼女の細腕を掴んでしまう。


『お前のやったことはお前のやったことだろ。誰に造られようと、それでお前の行いが造ったヤツに行くと思ってんのか?』


『そも、それで言うなら俺たちも被造物だ。ただ造った神が異なるだけなのだから、何を気兼ねすることがある。どこに違いがあるというのだ』


 こいつは、言っている。俺の心が映し出した幻覚ならば当然俺の知っていることを知っているはずだし、もしも死者の心が俺に語りかけているのだとしても前後の流れくらいは知っているはず。


 にも関わらずのズケズケとした物言いに、死んでいる真っ最中でも腹が立ってくる。


「好き勝手言いやがって、違いがあるかって? あるに決まってんだろ、お前らにはあって俺には魂がない! どうしようもない欠陥品なんだよ、このユヴォーシュ・ウクルメンシルってやつは! それを───」



「───今なんつった?」


 胸倉を掴まれていたままの彼女の手、それを掴んでいた俺の手に力がこもる。けれどニーオは意に介することなどしない。


 彼女は既に死んでいて、物理的肉体を超越しているから。あらゆる制約から解き放たれてここでは思うままに言葉を紡げる。───こんなになってもまだ生き恥を晒している、俺と違って。


『良かったな、って言ったんだよ。魂がないのが原因だって分かったんだから、あとはそれを解決すりゃあいいだけの話じゃねえか。魂があればいいんだろ?』


「馬鹿言うな、出来っこない! 魂は《信業》でもどうにもならないんだぞ!」


 そもそも《信業》───世界を変える異能とは魂由来の力である。世界の外側に存在するであろう魂が、魂というインタフェースを介して世界に干渉せんとする、それが《信業》の本質だ。魂の出力次第ではバカげた冗談のようなことだって実現できるにしても、それは世界に対しての話。


 と願う魂の熱量は、世界すら軋ませ罅割れさせるとしても。


 魂の力で魂を弄くることなんてできない。ましてや、魂のない俺に魂を創るなど。


「不可能だッ!」


『というのは、お前の知見ではあるまい。お前の太源の入れ知恵か?』


 俺が見る幻だとしてもマイゼスは聡明だった。ああ、確かに俺がそんなことまで知ってるのはおかしいもんな。その通り、俺たちの親玉、くそったれの《暁に吼えるもの》のおかげせいだよ。


 そうやって自嘲するばかりの俺の背後から、

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