343話 信心問答その4
───苦しい。
こんな苦しいことは生きてきたなかで一度もないというくらい、苦しい。
何も見えない。分からない。感じ取れない。
あるのはただ、膨大な熱だけ。
太陽の上に立って、ゆっくりと足から焼き尽くされて消えていく、沈んでいく錯覚。こんなふうに言えるのも、熱と同時に流し込まれている《九界》では知り得ない知識ゆえ。
日々俺たちを照らしている太陽が、実際には虚空の闇黒の中で燃え盛る熱の星であること。そんな知識、《人界》の人族として生きる一生では絶対に得られないだろうけれど、俺は別にそれで構わなかったのに。
こんな苦しみと共に教えられても、何も嬉しくはない。
俺はもっと別の、身の丈にあった旅で知るようなことの方が好きなのに。
熱は俺に否応なく情報を押し付けてくる。この力と意思の出所、バスティとケルヌンノスとスプリール・テメリアンスクを作り出した元凶について。そいつが何者で何を企み何を考えているのか、疑似心理とやらの俺のままでは完全な理解には到達できないらしく、だからこうして俺を消そうとしているのが現状だ。
俺は抵抗を半ば諦めていた。
抵抗してもしなくても苦しみが同じなら、頑張る意味なんてない。どうせ俺は《信業遣い》じゃない。どころか魂無しの半端者、人のつもりだっただけの紛い物なんだろう。ならもういい、もういいじゃないか。
それが俺の
『なんだ、随分と潔いな。お前らしくもない』
「……勝手に俺らしさを決めつけるなよ、ニーオ」
気づけば旧知の仲が傍らに居る。壊れかけの疑似心理が、消滅の間際に見せた
他ならぬ俺がこの手で殺した彼女が、そこにいるはずがないのだから。
なあ、ニーオリジェラ・シト・ウティナ。
「仮に本物だとしても、俺にちょっかい出してくるな。お前は死んだんだから神の御許に行けばいいし、俺は壊れてどこにもいなくなる。交わる道なんて、ないんだ」
『あーやだやだ、辛気臭さー。ちょっと見ない間につまんねーヤツに成り下がったな、お前』
「自覚してるよ。だから言ってるだろ、放っておいてくれって。お前に気にかけられる価値もないんだ、俺には」
『まだ生きてるくせに、死んだヤツより生気がないってのはダメだろ。バスティとケルヌンノスも報われないな、こんなのが手塩にかけた勇者だなんてよ』
『全くだ。見に来た甲斐がない』
……追い返してるんだから、増えるなよ。
二人目の幻覚は、殺したとは言えるだろうが、俺が止めを刺した相手じゃなかった。だから罪の証というには弱く、本物がわざわざ俺のところに来るはずもないから、うん、やはり死にかけの疑似心理の不具合なんだろうさ。
そう思えば気が楽だから、そんな戯言で自分を納得させて俺は向き直る。
大魔王マイゼス=インスラへと。
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