342話 悪性神話その8

 ───彼方、《人界》にて。


 その瞬間、幾重もの遠吠えが響いた、と観測されている。


 概念的感知能力───俗に言う第六感とか直感とか言われているソレが人一倍強い神聖騎士たちはとりわけ反応が顕著だったが、それ以外にも。


 《信業遣い》ならざる只人たちにも、その遠吠えは届いた。


 それも当然か。


 


 無数の人族が突如として天を仰ぎ、口を開き、全力で咆哮した。


 その口から瞳から光が溢れ出し、光柱を形成して天へと伸びていく。多いところでは林立したという光柱は、一定の高度に到達すると今度はではなくに広がり出した。光量を減じながらも拡散していき、やがて完全に希釈されるまでが異常現象の第一段階と定められている。


 第二段階は、比べて密やかに進行した。


 聖都イムマリヤでも光柱は多数観測され、対応すべく信庁本殿に詰めていた神聖騎士筆頭、《燈火》のディレヒトのもとへ情報が届けられる。


 曰く、聖都の各所で暴動が発生。


 曰く、鎮圧に向かった征討軍が一個人に壊滅させられた。


 曰く、神聖騎士にも負傷者が出ている。


 曰く、前線都市ディゴールが同様の暴動により陥落。


 曰く、西方各地でも規模は小さいものの類似の暴動が発生。各都市の駐在騎士からは悲鳴にも似た救援要請あり。


 ───最悪の事態だった。


 かつて聖究騎士だった《火起葬》のニーオが叛乱を起こしたときも酷かったが、アレはまだ何が起こっているのか把握が出来ていた。《人界》と《魔界》の接合や、裏で《翼禍》と内通しての《人界》への引き入れ、それを隠れ蓑にしての《人柱臥処》への突入と占神シナンシスの殺害未遂と、その動機はともかく事象自体はさほど複雑ではなかった。


 今回は、そもそも、何が起こっているのか。


 暴動を起こしたのは非《信業遣い》のみ、魔族や妖属の関与も確認されていない。にも関わらず暴動の中心には《信業遣い》に匹敵するかともすれば圧倒しかねない超常の存在が確認されているのだ。


 そんな存在は


 ディレヒトは必死になって事態の収束のため情報をかき集めながら、ふと、のことを思い出した。


 関与しているかどうかも不明で、今は《人界》には存在しないはずだが───どういうわけだかあの面がフラッシュバックして仕方ない。ここ最近の《人界》での騒乱の大半の中心にいる、あの異端の青年を。


「お前の仕業なのか、ユヴォーシュ……!?」

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