339話 悪性神話その5

「う、ううっ……」


「バラバラに分割した要素を、計画の本始動まではそれっぽく繋ぎ合わせておく必要があった。だからボクの力をキミに預託していた───ガンゴランゼを覚えているかい?」


 俺は頷く。


 魔術師カストラスを追って西方に赴いた際に敵対した神聖騎士、《絶滅》のガンゴランゼ。あの強烈な憎悪を忘れようものか。


「アイツは志を同じくする仲間に自分の《信業》を一部だが預託していた。信庁で言うところの讃頌式《奇蹟》ってやつでな、バスティが使ってたのも同質の代物だ。……精度は遥か上だがな」


「俺の、使っていたのは───ずっとバスティのものをそれと知らずに……」


「そういうことさ。だから動けないだろう?」


 仮初めの《信業遣い》に過ぎなかった俺が、預けられていた力を全て引き上げられてしまえばただの人に戻る。その状態で《信業遣い》に戻ったバスティに不可視の縛をかけられれば何も分からず抵抗もできないというだけの明快な状況。


 無様もここに極まれり。ただの人族が《信業遣い》に抗える道理はない。それを弁えないで、やれ殺してやるだのヒウィラを治すだの吠えていたのか。さぞや滑稽に映ったことだろうよ。


 この展望階にやってきた時にバスティが一瞬昏倒したことや、聖都で俺がケルヌンノスと対面したときに意識がトんだ怪現象。あれも、同じ化身ゆえに共鳴していただけのこと。


 初めから何もかも全部、仕組まれてた、ってのか。


「そうしょげることもないさ。またすぐにキミのものになる」


「最終的に踏み台になるのは俺たちであって、総取りするのはお前なんだからな、ユヴォーシュ。俺の意思とバスティの力を受け取って、器たるお前が《九界》を勝ち取るんだ」


「この世界はクソだ。無駄を無為に積み上げ続ける無価値の塔、それがこの《九界》。グジアラ=ミスルクの魔手からキミが奪い取るんだ。愛しいボクの勇者よ」


 打ちひしがれる俺に、外道どもが代わる代わる囁いてくる。俺の心は既に折れているように思えるが、それでも戯言に反発する習性のようなものは残っているらしい。


 ありったけの敵意を込めて睨みつけてやる。何もできなくても、俺が俺である限り抗ってやる。


 その反応に、嗜虐心でも刺激されたのか。バスティが蕩けるような笑みを浮かべて、


 歯を剥き出しに嗤う。


「───まだ、キミを異端にした理由を説明していないのに、気付いているかい?」


「何だと?」


 身体反応まで完全に制御を奪われているからそうならないだけで、俺は自由だったなら総身に冷や汗をかいていたと確信できる。まだ続くのか? 俺の生涯を玩弄する言葉は終わったんじゃなかったのか? もう止めてくれ、これ以上は聞きたくないと思ってもその自由は与えられていない。耳を塞ごうにも手は動かず、大声でかき消そうにも喉は凍り付く。


 殺し文句は朗々と続く。


「《真なる異端》の判定は《信業》の持ち主に依存する。ボクはついさっきまでは微かながらも確かに神のを受けていたから、キミに預けていても大神が光臨しなかったのはそういうワケさ。けれどそれだけならば、そもそもキミは不要だろう?」


 その通り。


 俺に《信業》を預ける必要なんかなくて、何かしたいならバスティが自分でどうにかすれば良かったんだ。そうしなかったってことは、俺にやらせなければならなかったことがあるということ。


 それが、俺を異端に仕立て上げた理由。

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