337話 悪性神話その3

「それが、何だよ」


「それが、俺たちのせいだよ」


 首から下は自由にならない。だがその言葉で、俺は首から上すら思い通りには動かせなくなった。


 頬が引き攣って勝手に笑ってるみたいになるのを止められない。


「───は。そいつは、面白い冗談だよ。ケルヌンノス」


 首から下が動かないかどうか、話している間もずっと試し続けていた。これが自由を奪う魔術や《信業》なら、どこか気が緩んだタイミングで拘束を脱することができるかもしれないという期待があったから。


 動けたあかつきにはヒウィラの治療を最優先───と、今の今までは思っていたけれど。


 ケルヌンノスの侮辱だけは聞き逃せなかった。俺が異端なのがお前らのせいだと?


 俺が異端のせいでどれだけ《人界》に馴染めなかったと思ってやがる。人々のアタリマエを俺だけ持ち合わせていない孤独感はどれだけ《信業》が強かろうと決して忘れられないんだぞ。戯れであっても絶対に触れられたくない傷に、あの野郎の言葉は深々と突き立てられた。なるほど異端性は俺のアイデンティティらしい、無遠慮に踏み込まれたという一点だけで絶対に許すものかという灼熱が噴き出す。


 どうやったら俺を生まれながらの異端に出来るかなんて、そんなところの整合性は気にも留めない。それよりも今は、俺はこいつを殺したくて仕方ないんだ。


 動け、動けよ、どうしてピクリともしない───!


「順を追おう。ボクらの目的が《九界》侵略として、ならばその手段は、という疑問が浮かぶのは当然といえる」


「最初は力にもの言わせようとしたのさ。超強力な《信業遣い》で神々を殺して回って、その地位を奪おうとしたんだよ」


 ───まさか、それは。


の名前はスプリール・テメリアンスク。彼の、ボクの、そしてキミの先任だよ」


「当初の予定じゃ信徒を集めてじっくりやる予定だったんだけどな。《人界》ラーミラトリーの遣い手たちに追われて、《真なる異端》に覚醒した途端に大神ラーミラトリーが顕現して、力不足のまま相討ちなんて情けない結末だよ」


 バスティやケルヌンノスと同じ瞳の男。あわや《人界》を滅ぼしかけた大罪人。《真なる異端》。


 ……俺が異端と認定されて、あれほどまでに迅速に《虚空の孔》刑に処されたのは、かつて大神殺しをやらかしたそいつ───スプリール・テメリアンスクの再来を恐れてのことだったと、今なら分かる。ロジェスとンバスクを引き連れて聖究騎士三人がかりだったのもそういう理由か。神を殺せるとすればそれでも少ないくらいだ。


 言っていることが全部真実だとして、どうやってか俺を先天的異端に仕立て上げたのがバスティとケルヌンノスで、その大元がスプリール・テメリアンスクと通じているのなら、あれは不当判決なんかじゃなかったんだ。ディレヒトは正しかった。


「俺は、何のために───」


 何のために、生きてきたんだ。

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