336話 悪性神話その2

「それじゃあ───どこから話そうか。ボクも今しがたばっかりのことが多くてさ、まだグッチャグチャなんだよね。ユーヴィーに話すことでボク自身の整理にもつながると思うけれど、だから取り止めはなくなっちゃいそうだ」


「バスティお前、記憶が───」


「そういうこと。ボクの記憶はずっと、ケルヌンノスが預かってたんだ」


「お前それッ、騙されてんだろ! どんな記憶だか知らないけどそれ絶対に偽物だ!」


 あはははは、と笑うさまだけ見れば少女以外の何者でもないのに、俺には彼女の心が分からない。バスティはケルヌンノスみたいな笑みを浮かべたまま、


「どんな記憶だか知らないんだからさ、ユーヴィー。偽物かどうかキミに分かるはずないだろ」


「そのあたりにしとけ。疑うなら一通り聞いてからでいいだろ、一先ず目的からってのはどうだ?」


「そうしよう。ボクらの目的はつきつめて言ってしまえば簡単でね、この世界を侵略しに来たんだよ」


「───侵略?」


 馬鹿みたいに鸚鵡返しするしかない俺に、バスティはにっこり笑って、


「そう、侵略。この世界───グジアラ・ミスルク統べるこの《九界エニアハイム》そのものを、丸ごと全部ボクらで好きに使ってやろうって、そう考えててさ。はもっと分かりやすく、力押しでどうにかしようとしたんだよね?」


「ああ。使命と力と器、すべてを備えた化身が送り込まれた。けれどその計画は阻まれたから次に俺たちが送り込まれてきたのさ」


「送り込まれた、って。どこからだ」


「この《九界》の外側だから、ユーヴィーは知らないところだよ。どうせ行くこともないんだ、キミは気にする必要ないさ」


 さらりと流されたけれど、俺はその時点で内心ひどく驚愕していた。だってそうだろ、外側なんてそんなもの想像だにしていなかったんだ。当たり前のことのように伝えられても受け入れられるものか。


「まったくキミは考えが足りないねぇ、そんなんじゃ魔術師としてやっていけないよ? 明確な区切りで以て囲われた何かがあれば、その外側も考えるのは当然のことだろうに」


「ユヴォーシュは魔術師としてデザインされてないんだから、そんなとこで笠に着るなよ……。俺たち三人は対等の関係だろ」


「分かってる分かってる、別に下に見ちゃあいないさ。だろう?」


「『俺たち三人』てのは───俺も込みか」


 話を振ったのに躱されたバスティが素っ頓狂な声を上げる。ケルヌンノスはそれを完璧に無視して、俺に頷いて見せた。


「けど俺は《人界》生まれ《人界》育ちのれっきとした人族だ。外側だか何だか知らないが、お前らがどっから来たにせよ俺は無関係のはずだろう」


「グローフとウトヒナのことを言ってるなら、あれらは正真正銘お前の生物学的な親で間違いはないよ」


 ケルヌンノスが俺の両親の名前まで押さえているのには戦慄した。けれどそれより、自己の証明が成されたこと───何処から来たのかすら曖昧な、正気の沙汰とは思えない計画を遂行せんとする連中と、俺は違うと認めたことが俺は嬉しくて。


 だから、そのすぐあとに続いた言葉にこそ、俺は絶望した。


「お前の自己同一性アイデンティティで、最もデカいのはじゃないだろ。お前は何よりまず、先天的異端であることを語らずに済ませられないはずだ」

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