334話 至天開睛その3
「───その、瞳は」
俺は聞いている。妖精王ウーリーシェンが語った《人界》の大神ラーミラトリーの殺神犯、大罪人の証は燃え盛る黄褐色の瞳だったという。ずっと隠していたのは同一視されるのを避けるためか? そう考えるのは思考の端で、俺はひっくり返して投げ出された身体を鞭打って彼女を助け起こしに向かう。
正直ヒウィラ一人でも軽いバスティは助け起こせるが、心配で動いてしまったものはどうしようもない。ケルヌンノスが仕掛けてこないか背後を警戒するのは怠らずに、それでも屈みこむとバスティの真っ黄色の瞳とばっちり目が合った。
「……ごめん。知ってたんだね、この瞳のこと。……ああ、妖精王かい?」
「……そうだよ。隠さなくても、誰も咎めやしねぇって」
どうせ偶然だろ、被ったからって気にすんなよ。バスティは苦しそうに微笑む。顔の上半分を覆っていた仮面がなくなると随分と印象が変わる───正真正銘、ただの美少女でしかないみたいであり、かつ、同時にひどく老成した老賢者のようでもあり。
もちろん、微苦笑してみせる顔は魔術師によって形作られた造物美であって、そのはらわたの内に何が渦巻いているのかは、彼女の神体に如何な因果が絡みついているのかはまだ定かじゃない。
だから、
「大丈夫そうか。待ってろ、すぐにアイツを───」
「いいから。さっき倒れたのは、そういうのを不要にするためだったんだから」
奇妙な言い回しをする。それってのは何だ、今倒れたからもうケルヌンノスを捕らえる必要がないみたいな言い草じゃないか。
頭でも打ったみたいな奇妙な台詞とともに、彼女は支えている俺とヒウィラを押しのけてケルヌンノスに近づこうとするから、
「何言ってんだ、じっとしてろ。あいつは俺がふん縛って全部吐かせるから」
ふと違和感があった。
彼女の瞳について。彼女の瞳が、《人界》における大罪人のそれと酷似している、というのはいい。初見は当然驚いたけど、そういうものとして受け止められる。隠していたのも彼女なりのファッションだとすれば別に不審に思うこともない。
なら、どこを不審に思ったのか?
バスティを制止する短時間に思考の火花が散る。答えはすぐに出た、それをいつどこで知ったのか、だ。
彼女は瞳の色を隠し人目に付かないようにすべきものと知っていた。そう先刻の反応が示してみせた。ならばその情報をどこで知り得たのか。およそ《人界》で知る術などないはずだ。大神殺しについて記した書など禁書ですら生ぬるい、すべて焚してしまわねばと信庁は考えるに決まっているから学術都市レグマではありえない。
俺が妖精王から密かに聞いたことで初めて知ったような話を、なあ、どこで聞いたんだよ。
俺の口が問い質すべく開いたのと、
バスティがひどく目障りそうな───服の裾がドアノブに引っかかって引っ張られて鬱陶しいみたいなときの───目でヒウィラを見て、それから俺にまったく何の感情も籠っていない目を向けて、顎でしゃくるのと、
ヒウィラの胸に魔剣アルルイヤが深々と突き刺さるのは、
すべて同時だった。
ぶぷっ、とヒウィラの口腔から溢れた鮮血が噴き出す音。
口から胸から流れたアカが彼女の旅装を染め流れていく。
魔剣を鍔近くまでねじ込んでいるのは俺だ。ユヴォーシュ・ウクルメンシルだ。それはそうなるように身体が動いたからで、確かにそうなるように身体を動かしたが、でもどうしてそうなるように身体を動かしたのかがこれっぽっちも分からない。
俺の身体が俺のものではないように。
「え……?」
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