333話 至天開睛その2
《角妖》の男は悠々と俺たちを迎える。
「ようこそ、《妖圏》へ。ここまで長かったかな?」
「お前が逃げやあがったからな」
「それは申し訳ない。ただ、聖都で対面するにはいささか早過ぎたのでね。こうして期が満ちた今になって会えたのは、実に喜ばしいよ。ユヴォーシュ、それにバスティも」
「……私への挨拶は無し、ですか。《角妖》のケルヌンノス───貴方が」
振り向かずとも声で分かる、緊張と敵意で刺々しいヒウィラの言葉。ケルヌンノスはそれを気にも留めることなく肩をすくめるばかりだ。
どこまでも余裕綽々で腹の立つやつ。
とりあえず罪状は明白だし、自由にしておけばまた何をやらかして逃げるか分かったものではない。力づくででも取り押さえてそれから聞き出そう。そう判断して、俺は魔剣アルルイヤを抜きながら一歩前へ出る。
「抵抗するなよ、お前には《人界》を脅かした咎がある。信庁はお前の首をご所望だ」
一歩、また一歩。ゆっくりと近づいていく足が、瞬間的に萎えた。
足そのものに何かが起きたのではなく、力が入らない。足だけじゃない、剣を持つ手もそうだ。全身から力が抜けて俺は無様に床面に打ち付けられた。
「ッ、な───!?」
何をされたのか分からない。《信業》だとして、俺はずっとケルヌンノスを見ていた。何の起こりもなく、《顕雷》を発することもなしに俺の挙動を狂わせることなんて出来るはずがない。そんなことをしようとしていれば絶対に見逃さない。それは魔術だって同じこと。
だからこれは、《信業》でも魔術でもない。
あの時、聖都で初遭遇した時もそうだった。あの時は俺とケルヌンノス、両者ともに昏倒していたようで意味が分からなかった。今回はそういうことがないように十二分に警戒していたし、目を合わせた直後には何もなかったから大丈夫だと思ったのに!
一瞬で回転する俺の思考を、背後から聞こえた軽いものが倒れる音が途切れさせる。
身体の制御が効かなくなったのは一瞬だけで、倒れた俺は背後を確かめられた。音は一つ、ならばどちらが───
「───バスティっ!」
倒れたのは彼女。義体との接続を解除したかのように、完全に脱力した彼女が石の床に突っ伏していた。ヒウィラがその傍らにしゃがんで助け起こしているが、彼女も俺と同様にすぐに身を起こした。
ただ、倒れるまでと決定的に違う点が一つだけ。
彼女の顔を覆っていた仮面。その留め紐が切れたのか、顔を上げるにつれてゆっくりとすべり落ちて、硬い床とぶつかり高音を立てる。
バスティがゆっくりと瞼を上げる。その瞳は、獣の如くに真っ黄色に燃え盛っていた。
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