6章「この世の果てのバアスデイ」

332話 至天開睛その1

 この塔の名は、《さきがけの塔》という。


 かつてこの妖精の里、《角妖》の都市が存在し、妖精王マムンディ・アーティゼンが健在であったころ、この塔は最も高い建造物だった。《角妖》は高所をさほど好まない傾向にあり、平地に広く都市を築いていた。そんな中で、しかしどうしても見張るには高所が望ましかった。そんな経緯で建てられた《魁の塔》は、だからほとんど使われることはなかったという。


 塔内の螺旋階段をゆっくりと登ってくる足音に耳を澄ませ、ケルヌンノスは口の端を吊り上げる。彼の手元には展開済みのウディスタス奏星幹。見張り台たる《魁の塔》の最上部から、ユヴォーシュたちが到来したのを視認して発動した《真なる遺物》は、空を夜色に染め上げている。


 彼はどこまでも《角妖》らしからぬ《角妖》だった。多くの《角妖》は高所よりも平地を好み、夜目の利かない夜よりも日差しある昼を好み、戦いよりも平穏を好んだ。


 彼はその悉くに反発し、引っ掻き回し、遂にはそれを破綻せしめるに至った。


 ───妖精王マムンディを謀殺した。


 ───生まれ育った《角妖》の国を滅ぼした。


 ───使者を騙って《人界》へ赴き、またも暗躍した。


 すべては使命ゆえ。彼は生まれてこの方一度たりとも迷ったことはなく、信ずるがままに突き進んできた。彼の行いの全てには意味があり、遊びなどは欠片も含まれていない。


 今日ここでウディスタス奏星幹を使ってユヴォーシュとバスティを誘い出し、対面するのも彼の使命。


「やっと会えたな」


 万感の想いを込めて、彼は振り向く。


 背後、中層展望台へと続く扉がゆっくりと開いて、険しい顔のユヴォーシュ・ウクルメンシルが姿を現した。






◇◇◇






 いつでも剣を構えられるように意識を研ぎ澄ませておく。


 ケルヌンノスについて分かっていることは殆どない。聞き出さねばならないと思う反面、ヤツの口車に乗せられるのは危険だと肌で感じているから、いつでも斬りかかれる心構えは欠かせない。それでなくとも初対面の際、意識に空白を作り出されて勢いを殺されたことがある。油断できる相手じゃあない。


 先頭はもちろん俺で、ついでヒウィラ、最後尾にバスティ。正直に言えば連れて来たくはなかったんだが、ケルヌンノスの野郎がバスティの名前を出していた以上そうも言っていられない。もしかすると、ヤツはバスティを知る唯一の存在かも知れないんだ。


 彼女の失われた記憶の手がかりがあるのなら、全部吐かせてから。


 ニーオに手を貸した件、《人界》を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して逃げた件の落とし前は、その後だ。


 《光背》で探知せずとも、物音だけでケルヌンノスが中層に留まっているのは聞こえていた。あちらも俺たちの接近に気づいているだろうが動くことはない。待ち構えてやがるのか───いいだろう。


 俺はボロボロになっている扉を押し開いて、そこに出る。


 風が吹き抜けている。窓が開いているとかではなく、この中層は壁がないのだ。柱が立ち並んで視界が遮られはするものの、ここは吹き曝しの展望階か。高い建物が他にないこの辺りならば、この高さでも余裕で一帯を見渡せる。


 俺たちが《倢羽》に乗ってやって来るのも、一目瞭然だったろう。


「よう、ケルヌンノス」

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