330話 終点廃塔その1

 《倢羽》たちが降下し始める。


 雲を抜けて広がった光景に俺は知らず呻いていた。


 そこにあるのは見渡す限りの廃墟。それも今日昨日のものではない、もっとずっと前───十年以上の月日が経過し完全に人の手を離れた残骸だ。


「───ここが……《角妖》の里、だってのか……!?」


 鳥瞰しても人っ子一人見当たらない。廃墟はただ放棄されたのではなく、見ればあちらこちらに大破壊の痕が残されている。それこそ超々々巨大《石従》が暴れ狂った山嶺都市が、あのまま十年放置されたらこうなるのではないかという惨劇現場。


 ……思い出してしまってゲンナリする。妖精王ゼオラド・メーコピィの末路なんて、もう俺には関係のない話だろうが。忘れろ、もっと別のことに意識を向けろ。彼女は《妖圏》が裁く、それでいい話じゃないか。


 妖精王ウーリーシェン・オモノロゴワと決裂し、《華妖》ウィニウィクチアから《角妖》の情報を得た俺たちはそのまま、ゼオラドを探すことも《石従》との戦いに加わることもなく、ウーリーシェンの用意した《倢羽》でその場を後にした。あれから一昼夜飛び続けているから、今頃は山嶺都市の戦いもとうに決着していることだろう。


 飛び立ちぎわ、ヒウィラが小さく耳打ちしてきた。「あの妖精王は私たちで山嶺都市を引っ掻き回そうとしていたんでしょう。あまり深く考えず、気負わないように」と。分かっちゃいたがウーリーシェンの謀略は俺の一歩どころではなく先を行っていて、いっそ感心してしまいそうになるくらい掌の上で転がされていたのだ。そんな彼が動いたということは、つまり狂気に陥ったゼオラドをあそこで討てる確信を持っていた、ということ。


 《地妖》の幼子たちの生血でこしらえた最悪の結晶は、ヒウィラが爬行宮オディーフィヤにカマした一撃で木端微塵に砕いていた。万一にもゼオラドが逃亡したところで、アレがなければ《人界》への侵攻は難しいのだろう、と考えられる。


 だから心配するようなことは何もないにしても、思考はぐるぐる回ってしまって。


 何もせず、《倢羽》の背に乗るがまま、空は退屈な場所だった。


 見える景色も変わらず、掴まっていないといけないから寝ている訳にもいかず、《倢羽》同士の距離感と風を切る音のせいで会話するにも厳しいとなると、どうしたって考え事くらいしかすることはない。


 ずっと心を占めるのは、やはり飛行の始点と終点について。即ち、中途退場することとなった山嶺都市の決戦の趨勢と、向かっている《角妖》の里についてウィニウィクチアが語った内容について。


 ───貴方たちが何故《角妖》を探しているのかは存じませんが。


 ───《角妖》と言えば、もう十年以上も前に滅び去った妖属。


 ───彼らの王、マムンディ・アーティゼンは都市と共に死んだ、とされています。


 ───ケルヌンノスと名乗る男の手にかかって。


 信じてなんていなかった。どうせまた俺をいいように使うつもりで、適当なことを言っているのだと。もし何もないところに放り出されたらその時は改めてとっちめればいいし、《角妖》の里があるならもうウィニウィクチアには用はない。どちらにせよ、山嶺都市に留まってうじうじしているよりは有益だろう、と。


 まさか、本当にこんな荒れ果てて……。

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