328話 血晶女王その9

「お……おい! 今のヤバいんじゃないのか、あの《倢羽》乗り! どうしてそこまですんだ、あんたら関係ないだろ!?」


 俺の張り上げた声に、《樹妖》の王は淡々と答える。


『愚かよな。等しく《妖圏》に生きるもの、無関係なのはその方であろうがよ』


「そんなことはない、妖精王ゼオラドは《人界》への侵攻を目論んでる! 俺たちにだって無関係なもんか!」


『それが叶うことはない。あの狂王の冠は今日、この場で取り払われる。その方ら、もう良いぞ』


「良いって、何がだよ!」


『十分な働きをした。あとは余らの領分だ」


 すげない念話を引き継いで、俺たちの立つ背後に羽音とともに舞い降りる者がいた。


「その通りです、《人界》よりの旅人よ。ここからは私たちが」


 操縦者の《樹妖》ではない。彼は男性で声は女性のものだったし、を被っていてはもっとこもった声になるはず。果たして声の主はその陰からひらりと飛び降りる。その動きでなびく長髪は真朱まそお、人工的に作られたバスティの義体の薄桃よりも濃く鮮やかな赤。同時に漂う香気───俺は覚えがあった。


 脳髄まで染めるような誘惑の色気。俺はまだ彼女の顔すら拝んでいないってのにふらふらと近寄ってしまいたくなる、言うことを聞いてあげたくなる感覚。


 探窟都市ディゴールの三巨頭、都市政庁総督の妻。《蟒蛇》のオーデュロは、噂によれば《華妖》の血をひいている、という。


 ───なるほど、彼女と初めて出会った時とそっくりだ。あれよりも数段強烈だが、知っているならば防げないことはない。俺が《光背》を張り直すと、薄らぼんやりしていた意識が清らかに復調する。初体験らしいヒウィラはそれでもまだ目を瞬いている。何が起きたか説明してやりたいが、まずすべきは《華妖》の素性を確かめること。


「随分なご挨拶じゃないかよ」


「失礼、これは私どもの習性でして」


 しれっとぬかしやがるから、俺は《光背》を引っ込められない。微妙な加減が面倒くさいのに。


 とやかく言う時間も惜しいので前置きは省いて、


「お前誰だよ」


「私はウィニウィクチア。《華妖》の氏族を率いる者、やがて妖精王となる定めの者です」


 不思議な言い回しをするもんだ、つまり継ぐってことじゃないのか───と思っていると、


『余の擁した次候補である。《地妖》の妖精王たるゼオラド・メーコピィにはその資格なしと判断したゆえな』


「廃位の時ということです。彼女の在位は《妖圏》にとって百害あって一利なし。ならば、私たちが戴きましょう」


「待っ……てくれ、それはマズい。《地妖》たちが妖精王から冠を取り上げようと反抗勢力を───」


『とうに遅い。女王の狂気を今に至るまで止められていないのだから、《地妖》たちにその器はなかったのだ』


 断じるウーリーシェンの天の声は一片の容赦もなく、《地妖》にただ言葉で頼まれただけの俺にそれ以上異論を唱える余地など残されてはいなかった。確かにこれは妖属たちの問題であり、人族おれの首を突っ込む領分じゃない。


 引き下がるしかないのか、このまま。

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