327話 血晶女王その8

 愛騎の《倢羽》たるヨーウィンの首にしがみつきながら、エディマ・シディは一番槍で《石従》へと猛進する。


 彼らが突撃するより先に、奇矯な人族の男ユヴォーシュが身をもって《石従》胴体部の不可視障壁の存在を証明してくれたのが効いている。あれがなければ、《倢羽》編隊の先頭が代わりに突っ込んで墜死していたのは間違いない。


 妖精王ウーリーシェンの雷撃の嵐は障壁破りではなく、《石従》そのものの行動を阻害する目的だから破るのは彼らの役目だ。後続が突入するための風穴を開けろ。


 ギリギリのところで手綱を引く。ヨーウィンは敏感にそれを感じ取って軌道を変更し、障壁に腹が触れるか触れないかの辺りを抜けていく───その瞬間に、エディマは腰に提げていた風練を二つ、障壁に向けて投げつけた。


 風練は魔術的に編み上げることで物質化した風そのものだ。解き放てば固められていた風が吹き荒れることとなる。彼ら《樹妖》は火を扱うことを好まないため火薬による爆発ではなく魔術的な圧縮方向で技術を発達させたのだ。


 ヨーウィンとエディマがその場から十分に距離を置いた上空まで飛び上がったタイミングで風練が解放される。ドン、ドン、と炸裂した衝撃を受けて一部障壁に亀裂が入った───念話と探知魔術を組み合わせて状況をリアルタイムで確認している《倢羽》編隊にとって、目視の必要などどこにもない。攻撃担当は自分たちの仕事に専念すればいいのだから。


 後続の破防担当たちも同様に風練を叩き込み、遂に不可視障壁は完膚なきまでに打ち砕かれた。


 これで良し。一番の大仕事は完遂したから、後は突入部隊の退路の確保と、作戦完了までの攪乱だ。


 エディマは《倢羽》を旋回させながら、いつの間にか流れていた汗を拭って気障に呟く。


「そっちもヘマするんじゃねえぜ、ディマロ」






◇◇◇






「───余計な心配だエディマめ」


 ディマロ・シディは兄の開けた風穴に飛び込んでいく。彼の愛騎リズリンディションはコリドーでも随一のコーナリングテクニックを誇る《倢羽》だ。巨大とは言え入り組んだ《石従》胴体部に接近飛行するには最適だと誰もが分かっているのに、兄は出がけにもぐちぐちと小言を繰り返してた。


 心配性すぎるんだよ、と独り言ちる。《妖圏》の行く末を左右する天王山、ここで着合い入れないでは《倢羽》隊の名折れ。多少なり無茶をしてでも偉大なる妖精王、《幽林》のウーリーシェンのために馳せるべきだろう。


 翼を駆る。胴体部から突き出た砲台を器用に躱し、独立して動いているらしき巨大な《石従》───それ単体で爬行宮オディーフィヤに匹敵するサイズである───の攻撃をいなし、風練を投下して装甲を破り機能を奪っていく。解き放たれ爆発する風を受けながら、ディマロは歓声を上げる───やはり飛ぶのは気持ちがいい!


 総身で空気の流れを味わっている快感が、突如としてで飽和する。ディマロはそうなってからようやく、自分と愛騎リズリンディションが《石従》の棘だらけの拳に撃ち墜とされたことを思い知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る