326話 血晶女王その7

 またも逸れた駆動肢、その上を全力で駆け上がる。ここを辿れば胴体に続いている、ならば活かさせてもらおう───そう思っていたのに、突如としてその駆動肢が根本から外れた。


 のたうって地面に落ちる駆動肢から飛び退る。足場にされるくらいなら自切する、ってことか? いくら本数が多いからってそんなことをしていたら、早晩残るのは無力になった胴体だけだ。そんなことを考えなしにやらかす妖精王か?


 


 案の定、分離された駆動腕はのたうちながらも。関節がやたらと多いなと思っていたのはと納得はするが、理解できたところで別にこれっぽっちも嬉しくはない。駆動肢が蛇のように鎌首もたげて襲い掛かってくるなど!


「どうせ操ってんのはゼオラドだろ───彼女を叩く!」


「っていうけどさ、彼女どこ?」


 背後から飛んできた冷静な指摘に俺は硬直してしまった。言われてみればあの超々々巨大《石従》の胴体部に居るものと勝手に早合点していたけれど、そんな事実は確定していないのだ。最初にあの《石従》が姿を現した時点でゼオラドは爬行宮から出て来たところだった、まだ乗り込んではいなかった。つまり搭乗せずとも操縦できるのは確実で、居所の候補はそれこそ無限。


 では探そうにも、山嶺都市グワイクラシェンは荒れ放題の大都市だし、超々々巨大《石従》は山一つ分くらいありそうな偉容ときた。《光背》による広範囲探知でも一息に洗い出せるかどうかで、その間は守りが疎かになるのは避けられない。そこを殴りつけられたら一発で即死、危なくてとてもそんな択は選べない。


 どうにも手が足りない。妖精王ゼオラドの捜索と、その間の《石従》への対処を、俺たち三人だけでは絶対に賄えない。


「クソッ、俺たちだけじゃ無理か……!?」


『ならば手を貸そう。いいや、むしろこれは余らの領分であるな───ならばその方らはすっこんでいるがよかろ』




 吹く風を追い越して、峰の空に怪鳥が舞う。


 《樹妖》たちが手懐け操る《倢羽》の編隊が超々々巨大《石従》へと突撃する。十や二十ではない、百ちかい数が同時に巻き起こす風が吹きつけて俺たちの髪はぐしゃぐしゃになった。


 俺は彼らが飛来してきた方へと振り返る。今、俺の耳へと届いた声は───


『きょろきょろと慌てるでない、堂々と構えておれ。余はここには居らず、今もコリドーの玉座よりその方へと語りかけている』


 ───この尊大な語り口。遥か遠方から念話を繋げる手腕。そして聞き間違えようもない声。


 妖精王、《幽林》のウーリーシェン!


『では、《地妖》の妖精王へも挨拶を賜るとするか。───耳を塞ぐがよかろ』


 《光背》の防音性を極限まで高める。少しの後、晴れ渡った空に響き渡ったのは……雷鳴?


 馬鹿な、空には雲一つないし、雷だって見えなかったのに。驚愕する俺たちの目前に、重々しい曇り空が姿を現した。


『その方らは余の二つ名を知っていように。余は《幽林》のウーリーシェン』


 幾条も降り注ぐ紫電の列柱は、《倢羽》たちには一発たりとも命中せず、その悉くが《石従》へと流れ込んでいく。自然に任せていれば絶対に起こり得ない超常現象。これもすべて妖精王の《希術》───!


『悪天隠すなど造作もなきことよ』

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