322話 血晶女王その3

 ───時間を少し遡って。


「どうしてそんなことをしたんだろう?」


「というと?」


 ヒウィラと仲直りをして、改めて山嶺都市に突入する計画を練っているときに、俺はふと気になってそんな声を上げた。イルズォンド山脈の山肌は風が涼しいので、焚火を囲んで煮汁を啜りながらの会話。


 食事中にする話でもないかと思われたが、今のうちに話しておかないと忘れてしまったら二度と思い出せない。


「だって妙じゃないか。いくら狂っているって言ったって、子供の虐殺なんかしたら《地妖》たちが反旗を翻すって分かってたはずだ。にも関わらずそんなことをしたのは、何か理由がありそうなもんだ」


「罪なき子らを殺す、一体どんな正統性があるというんだ」


「正統性はないよ。ただ理屈はあると思う」


 子殺し。それは《人界》と《魔界》と《妖圏》、どこであろうとも忌避すべき罪であることは間違いない。そんなことに手を染めた理由が、ただやりたかったから、己の狂気の証明のみ、ということもないだろう。


「殺し方はどんなだったの?」


 悩んでいるとバスティがそう問うた。グーンルンツは思い出すのも辛いのかひどく苦々しげな顔をしてみせると、


「《石従》を操って、惨たらしく殺していた。四肢を引きちぎったり、握りつぶしたり、……なるべく血が流れるように振舞っていた印象を受ける」


「なら、血が必要だったんだろう。幼子の無垢な血液から精髄を得て何かに用いる───そういう儀式かな、予想できるのは」


「何か、というのは?」


 《人界》の学術都市レグマの大図書館で本を読み耽り、俺が《魔界》に行っている間に不死の魔術師カストラスから教えを受けた彼女は、持ち前の聡明さもあってそこらの祈祷神官も顔負けだ。


 するすると妖精王の蛮行を紐解いていく。


「虐殺は都市全域で行われていたのだったかな? だとすれば判別は容易だ。血がブチ撒けられたままなら一帯の汚染。血がどこにもなくなっていれば結晶化して───あとはまあ、碌でもないエネルギー源としていくらでも活用できるね」


 罪もない無垢な幼子たちの血を固めて作った結晶。それで成すことなんて、そりゃあもう想像もできないくらい悍ましい行いに違いはないだろう。


 もしもあれば、きっちり壊しておかないと、俺はあの時そう決心して。




 ───山嶺都市グワイクラシェンに飛び込んだ俺の視界に広がっていたのは、閑寂として《地妖》の街並み。


 血はブチ撒けられたはずだ。垂れ流しにされたはずだ。けれど都市は人の手が入っていないから埃が積もっているばかりで、血痕の赤黒はどこにも見当たらない。


 子らの血はかき集められ固められた。ならば必壊、そんなものを残しておくわけにはいかない。

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