321話 血晶女王その2

 反抗勢力の粛清まであと僅か。それが済んだら、いよいよ《人界》への侵攻が叶うのだ。


 狂瀾の妖精王、《鉄砧》のゼオラドことゼオラド・メーコピィはほくそ笑んでいた。身の回りの世話を今まで通り《石従》に行わせ、恙ない日常生活を送るという違和。


 彼女の所在地たる山嶺都市グワイクラシェンには、今や正気の者は誰一人としていない。治めるゼオラドからその配下まで、一人残らず狂気に染まっていると言っても過言ではない。


 いいや違う、そうではない。この街に留まっている《地妖》たちは一人残らず、のだ。発端は彼女の感情であり、それを垂れ流すの悪性である。誰であれ《地妖》ならば、今の山嶺都市に三日も滞在すれば精神の均衡を崩し、更に十日で完全にゼオラドの傀儡と化す。


 どんな魂胆であったとしても、彼女にすり寄った者は彼女と同じになるのだ。それが妖精王、それが神より授かりし王冠。


 ある段階でその力を自覚した彼女は、以降配下のものたちにはなるべく生け捕りするよう命じている。打ち倒して捕らえ、しばらく獄に繋げば懐柔するまでもなく自らに帰属するようになるのだから、ただ殺すばかりでは勿体ない。


 何せこれから、人手はどんどん必要になってくる。足りないことはあっても多すぎて余ることは決してない。


 ───《人界》へ侵攻するのだから。




 突如、天床が砕け散る轟音が響いた。


 山嶺都市グワイクラシェンの縦穴は時折開口するのみで、基本的には閉じられている。そこが崩落した音だった。そんなことはありえないはずだ。超大型の戦闘用《石従》でも持ち出さない限り、分厚いドームである天床を一撃で破砕せしめる破壊力など発生させられようものもない。


 にも関わらず、石材と鋼材が大穴に降り注ぐ。ゼオラドは即座に己の居城たる自在駆動の《石従》───爬行宮オディーフィヤを操って、破片を避け、弾き飛ばし、事なきを得る。


 細かいものについては仕方ない。全てを弾き飛ばすには駆動腕マニュピレータがどうしても足りない。爬行宮を保全するためにどうしても対処しなければならないものに集中しなければならないから、多少の傷がつくのは諦める。


 だから彼女は、を見逃した。


「───よし」


 ユヴォーシュ、ヒウィラ、バスティの三人は、妖精王の警戒網を抜けて山嶺都市最下部までの侵入を果たした。


 ヒウィラの《信業》で破壊した天床が瓦礫となって降り注ぐ轟音の中、張り上げたわけでもない声が聞こえるくらい密着して、出力をギリギリまで絞って《光背》で紛れ込んだのだ。


「それじゃ《光背》を探知ソナーに使うから、ここからは一層気を付けてな」


「それ、もう何度目ですか」


 心配するのもそこまでいくと病気ですよ、とすげなく言われ、ユヴォーシュは苦笑した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る