320話 闇黒彷徨その11

「……それは」


 完全に呆気に取られている声で、ぽつり、ヒウィラ。俺は何が続くのか聞きたくて聞きたくなくて叫び出したい気分なのを、ぐっと堪える。


「その、ですか。それとも旅の仲間として、とか……」


「───で、だ」


 一言発するのにこれほど力が要ったのは初めての経験で、緊張からいっそ笑い出してしまいそうになる。これならいつぞや相手どった《真龍》のタックルを受け止める方がいっそマシなくらいだ。


 俺の言葉がじんわり彼女に染み渡る。俺はそれ以上何を言うべきか迷って、けれど何も言わない方が伝わるような気もして、悩んで悩んで結局口を開いたり閉じたりどっちつかず。


 俺だって同じだよ、ヒウィラ。積極的とか言ってくれたけどさ、どうしようもない臆病者なんだ。告白なんて本音言えばしたくなかった、でも言わずにいられなかった。君が何て言うか、教えてほしいけれど聞きたくない。


 ああ、いっそ、


 ────────────。


 俺は夜空を見上げる。薄く雲が出てきて、星はもう隠れてしまっていた。


「自分で何を言っているか、分かっていますか?」


「ああ」


「私は魔族で、貴方は人族です」


「その通りだ」


「言ったでしょう、何もないと」


「君がいる。姫君でも名無しの影武者でも関係ない。俺が守りたいと思ったのは君なんだ」


「だからあの時、大魔王を相手取って大立回りを繰り広げたの? 呆れた……」


 その言葉には微笑が含まれているようで、俺はそれに惹かれてずっと逸らしていた目線を彼女に戻す。彼女は星のない夜であっても見通せる《悪精》の瞳で俺をじっと見つめていた。


 その眼に吸い込まれそうになる。


「私は貴方が勝手気ままな人だというのは知っているつもりです。だから怒った原因はそこではなく、私を軽んじられたと思ったこと」


 俺が一人で突っ込んで片を付けると言ったとき、彼女はことに憤慨したという。せっかく《妖圏》くんだりまで同行したのに、いざというときに蔑ろにされて置き去りにされるのならば、付いてきた意味などないじゃないか、と。彼女の怒りは御尤もで、俺は確かに『一人で行けば一番早いし確実だし』と思ったからどうしようもない。


 ただし弁明させてもらえるなら、彼女を軽んじてそうしようとしたわけじゃない。俺は俺で、そうすれば大変で危険なのは俺だけで済むという目算だったんだ。重く見たからこそ鉄火場から遠ざけようとした、と俺がしどろもどろになりながら白状すると、ヒウィラは、


「連れて行って下さい」


 決然とした表情で発した言葉は覚悟に裏打ちされている。もう、さっきまでの互いに分かり合えていない不安定さは取り除かれているから、きっと大丈夫。


 ただ守るだけ、ただ怒るだけじゃない。互いに互いを思いやって、互いの力になれるはずだ。


「行こう。全員で、山嶺都市グワイクラシェンへ」

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