319話 闇黒彷徨その10

「ユヴォーシュにとって、私は何なんですか?」


 まさか問いに対して問いが返ってくるとは思っていなかったから、俺はすぐには答えられなかった。脈絡もないし、何だろう、今の俺が弱い立場だからそれにかこつけて聞きたいことを聞き出しておこうってことか?


 なんて、まさか。


 俺だけじゃない。ヒウィラだって不安なんだ───彼女の本心が俺に分からないように、俺の内心が彼女には分からないから。どこまで踏み込んでいいのかも定かでない、己の予想しているのと違ったらどうしようかと退路のことを想いながらも、それでも確かめられずにはいられない。


 きっと、多分。


 現に彼女の言葉はそこで終わらなかった。躊躇いながらも言葉が漏れ出して止まらないというように、


「私は、私には何もない。《魔界》を捨てて、カヴラウ王朝ガラ―ディオ家からも逃げてきて、だから名乗る姓だってない。貴方はヒウィラと呼んでくれるけれど、それだってやっぱり誰かの名前なんです。《人界》で生きていこうにも風習や常識には疎いし、それでもって一歩踏み出せるような───貴方みたいな積極性だってない。《顕業》はあるけれど、それで出来ることなんてその時その時の気分次第。聖都の騒動でも庇われて、結局私は守られてばかりで何の役にも立てていない。私は───」


 背中合わせになっているから顔は見えないけれど、もしかして今の彼女は泣いているのかもしれない。声が震えているわけでも、洟をすする音もしないけれど、俺にはそう思えて仕方ない。


 なら俺にできるコトは何だろう。


 俺にとって、ヒウィラは何なんだろう。


 俺は───


「───どうしてあの時、私をたすけたんですか」


「俺はさ」


 身を切るような言葉に、何か言わなければと思って口を開く。感情の整理なんて出来てやしない、俺はもう溢れ出るものを我慢するのは無理だと腹を括る。


 どうなったって構うものか、ここでキッチリ思いの丈を伝えられないなら何のために口が付いているのか分からない。俺はゆっくりと振り向いて座り直す。背を丸めて俯いているらしい彼女は、いつも以上に小柄に見える。


「俺は、ヒウィラが好きだよ」


 ……言っちまったなあ。


 俺の偽らざる本心。ヒウィラを救けた理由。そうじゃなきゃ、あそこまで身を挺して助けようとするもんか。もっと手頃なところで手を引いている。『勘違いするな、お前のためにやったことじゃない』ってやつだ。俺は俺が助けたいと思った人しか助けない。身勝手なんだぜ、割とさ。


 ───認めてしまえば楽になるかなと思ったが、案外そうでもなかった。これはこれで苦しくて不安なもんだな。嫌われているとしたらここまで付いてきてくれることもないはずだから、悪しからず思われているんじゃないかと自惚れたいところだが、彼女の場合は事情が事情だ。さっき彼女自身が言っていたように、《人界》に後ろ盾のない魔族の彼女が生きていこうと思ったら俺を頼らないのは無茶の一言では済まない。


 俺は彼女の弱みに付け込んでいるだけなんだ。あっちが離れたいと思っていても離れられない状況を作って、そこで安穏と満足していた。


 俺は卑怯者だ。

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