318話 闇黒彷徨その9
俺の足音にヒウィラの肩が強ばる。もしあのまま寝入ってしまっていたら起こすところから始めなければならなかったから、その必要がなくてほっとする。
彼女が腰かけている石の反対側に俺も腰を下ろして空を見上げる。
「…………」
「…………」
しばらくの間、互いに言葉はなかった。俺はどう切り出そうか迷っていたし、ヒウィラも俺の内心を掴みあぐねていた印象だ。俺は《妖圏》の夜空を見上げて、そこに瞬く星をぼうっと眺めている。やはり、今まで来た世界のどことも違う配置。
……ふと、自分がものすごくちっぽけな存在でしかないと感じられた。空はこんなにも広く、イルズォンド山脈とやら呼ばれる山々はどこからどこまでがそうなのか、《地妖》が勝手に名付けただけの名など関係なしに峻厳と在る。
遠い、どれくらい遠いところで輝いているか見当もつかない星々からすれば、こうして揉めているのだってさぞやちっぽけに見えることだろう。なら別に、好きなように自由にやったっていいんじゃないか───という気分になる、が。
怒らせてるのは俺なんだから、勝手に悟ったところでな……。
一人で勝手に解決したみたいつもりでいれば、ヒウィラは間違いなく激怒する。
横目で彼女を伺う。もう随分と長いことあの体勢のままだから、さぞや関節が固まってしまっていることだろう。このままにしておけば、意地を張って明日の朝になってもあのままかもしれない。
「……なあ」
返事はない。けれど聞いているのは確かだ。俺は一方的にでも話し続けることにする。
「悪かったよ。勝手なことはしない、一緒にいる仲間に相談してから動く。当たり前のことだろうけど、つい一人で済ませようとしちまうのは俺の悪癖だ。もうしない……とは断言できないけど、できるだけないように気を付けるからさ」
「──────」
「こっち向いてくれよ。そんで相談しようぜ。じゃないと策も立てらんないから」
「ユヴォーシュは」
久しぶりに発されたヒウィラの声はかすれ気味だ。俺は口を噤む。
「……貴方は、私がどうして怒っているのか、理解していません」
「そうかもな」
他者を慮ることはできるし、分かった気にはなれる。けれど心を読む《信業》でもない限り、自分でない存在が何を感じどう思っているかなんて分かろうはずもない。そこを履き違えてはいけないと思うんだ。何なら自分が何を考えているかだって覚束ないくらいだぜ。況や他人をや、だ。
だから聞かせてほしい。正直な話、こうじゃないかなと思っているけれど、自信はないから。
「……なあ、どうして怒ってるんだ?」
ヒウィラがどんな顔をしているか気になるけれども、振り返る勇気はない。俺はただ星を見る。
イルズォンド山脈を夜風が流れていく。俺の問いかけが聞こえなかったってことはないだろうが、ヒウィラは再び沈黙に戻ってしまった───俺は辛抱強く待つ。この静寂は無視するためのものではなく、きっと彼女が想いを整理するために必要な時間なのだと信じて。
どれくらい待っただろう。峰の陰から細い月が顔を出したころ、背後で身じろぎをする音がした。
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