315話 暗底闘争その9

「俺はもともと王政に忠誠を誓った兵士だ。《希術》に目覚め、それを王のために揮うのは俺の責務だと信じていた。だが裏切られた───最悪の形で。だから今は、他の仲間と共に反抗してるんだ」


「《地妖》同士で戦ってるのはどうしてだ? さっきの話なら、女王ゼオラドに従うような奴がいるとは思えないんだが」


「いくつかある。狂したとしても妖精王は妖精王、忠誠を捨て去る訳にはいかないという頑固者。その力に恐れをなして、抵抗するよりはと従うことを選んだ臆病者。そして、女王の下につけば今なら取り立てられるんじゃないかという卑怯者。どれも数は少ないが、女王の側についたというだけで唾棄すべき連中だ」


 そこらへんの話は、正直俺は関与する気はない。ただ疑問に思っただけで、解消されれば次に行く程度の話題。


 ───次に行きたくない。が、これは話しておく必要があるだろうこと。


「ゼオラドは一人息子のジーブルを取り戻したくて、そんな狂った真似をしたんだよな」


「ああ。彼は《人界》へと姿を消してしまったから───」


「ジーブルは既に死んでいる。五年前に」


 グーンルンツは絶句した。


 俺はどこまで話すべきかを迷い、と言い継ぐ。


「俺の持っている魔剣は、彼の遺作だ。さっきはそんな余裕なかったろうけど、落ち着いてみれば分かるんじゃないか。ほら───」


 言いながら抜き放って、縛られたままのグーンルンツの前に突き立てる。はらりと縄が切れて落ちても、彼は呆然と漆黒の魔剣を眺めているばかりで動こうとはしない。


 その気持ちは俺にも分かる。だってどうすればいいか分からない。


 息子を取り戻したくて狂った女王。なのに、当のジーブルはとっくに亡くなっているなんて、どうやって事を収めればいいか見当もつかない。


 だからと言ってジニアの存在を教えてやる義理もない。彼女はやっと《人界》で健やかに暮らす一歩を踏み出したところなんだから、《妖圏》の血腥い闘争に関わらせるべきじゃないだろう。半人半妖にして妖精王の血を引く少女を、女王ゼオラドも山嶺都市もどう受け止めるか予想できない。受け入れるにせよ拒絶するにせよ厄介なことになるのは確実で、今さら過ぎるから知ったところで迷惑なくらいだろう。


 どうにかして彼女を巻き込まずに片を付けたい。それが俺の我儘だとしても、間違いだとは思えなかった。


 ジニアにとっては祖母にあたる女王ゼオラド、できれば斬らずに済ませたい。だが彼女の行いは凄惨極まるもので、事実ならば《妖圏》にも《人界》にも害を齎す者と判断せざるを得ないだろう。どのみちグーンルンツの口からだけ語られた情報で断定するわけにもいかないし、もしかしたら口から出まかせの可能性も考えてゼオラド・メーコピィの言い分も確かめに行かなければならない。


 間の悪いことに、彼女に直接会いに行く危険を冒すのには、もう一つ理由がある。


 グーンルンツが語ったように《地妖》の妖精王が外交を一手に引き受けていたというなら、《角妖》についての情報は彼女から聞き出す他ない。どうしてこう面倒な方へ面倒な方へと話が転がっていくのかと嘆息しながら、俺は目的地たる山嶺都市は妖精王の玉座について、グーンルンツから情報を引き出すことにした。

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