314話 暗底闘争その8
「初めは体調不良による執務の遅れ。それが頻発するようになって、おかしいと思い始めたあるとき突如こんなことを言いだした」
彼は一瞬の溜めをつくる。話に入り込ませるためのテクニックではなく、これは躊躇によるものだ。それほどまでに話したくないのかと、俺は身構え、
「《人界》へ攻め入る、と」
───構えた上から打ち砕かれた。
「なん、だって?」
「目的は語らなかったが明白だ。ジーブルを
妖精王ゼオラドは息子の出奔を完璧に隠し通していたが、それは外に対してのもの。隠しながら彼女の内ではじわじわと腐り果てていっていた。
自分のものでなくなったなら、自分のものに掴み取るまで。
───彼女は子離れが出来なかったのだ。いっそ見事なまでに。
「民は反発した。当然だ、そんなことをしてもメリットは皆無なのだから。《地妖》というのはな、本質的に土と石をいじっていられればそれだけで満足な連中だ。《地妖》にとっての妖精王とはそのために他の妖属やらと円滑にやっていくための王であって、強権で支配する者ではない。攻め込まれれば俺たちの地を守るために戦うことには怯まないが、こちらから攻め込むのは無益だろう」
「全くもってその通りだと俺も思う」
「だろ。だから反対し、ゼオラドは王に相応しくないと主張した。それに対し彼女が採った行動は」
───その者らの子を奪い、血祭に上げたのだという。
「正気か?」
「無論、ゼオラドは狂っていた。俺とてこうして語るだけで気が触れそうだよ。思い出すのも悍ましい、あの惨劇───赤子から幼子まで、奴は多くを捻り潰して殺したんだ」
「一人でか。まさかそんな命令に従った奴がいるなんて───」
「いるものか、誰一人とて! だが《地妖》はそうでも《
「──────ッ」
その光景を想像して、俺も吐きそうになる。
山嶺都市グワイクラシェン、地の底に広がるであろう《地妖》の都市には話しぶりから察するにかなりの数の《石従》が存在して、それが日々の生活の支えになっていたはずだ。魔術によって疑似生命を吹き込まれた彼らは命令に従うばかりだが、得てしてそういう物も擬人化して思い入れてしまうのはきっとどこも同じだろう。きっと彼らにとっては家族だったはずで、それが突如、狂ったら。
混沌と悲嘆とが吹き荒れたことだろう。妖精王、その《希術》ともなればそれこそ聖究騎士や魔王に匹敵するはず。そんなものを持った存在が狂っていると気づけなければ、初動は決して止められない。同時多発的に発生した子殺しは、山嶺都市をあっという間に血に沈めたに違いないのだ。
それは果たしてどれほどの絶望か。推し量りようもない。
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