313話 暗底闘争その7

「ゼオラド・メーコピィは、ゆっくりとおかしくなっていったんだ」


「……ん?」


「原因は分からない。いつからそうだったのか、今となっちゃもう確認しようもないが───俺は二十年以上前、彼女の一人息子ジーブルが出奔してからじゃないかと疑っている」


「か、彼女?」


「……ああ、言っていなかったか。ゼオラドは女王だ。女性の王───と言えば通じるか」


 グーンルンツ曰く、長きにわたる山嶺都市の《地妖》の歴史の中でも、数えるほどしか存在しないという。それは構わない。妖属を統治する位、別に性別で違いはないと俺は思う。


 どちらかと言えば、俺が驚いたのはの方だ。人族の感覚で言えばゼオラドは男性名のように聞こえる。妖属だと違うのか?


 そんな俺の疑問も、それなりに覚えがあるのか。彼は先回りして、


「《地妖》の王はつよくあれ、という習わしでな。子が女性であっても男性名を付けるんだよ」


「そうか、そういう風習が……」


 そこは本題ではないと、グーンルンツは話を戻す。


 そうして語り出す───山嶺都市を統べる女王、その狂気について。


「俺たちは当初、何も気づかなかった。ジーブルは出奔ではないと思っていたんだ。彼は自らの意思で山嶺都市を去ったのだと、そしてゼオラドはそれを承知していたのだと。そうではなかったと気づいたのはつい最近のことだ」


「つまり、隠していたのか?」


「完璧にな。ゼオラドは公的にジーブルが王家から籍を抜いたと発表した。もともと《地妖》としては型破りなジーブルだったから、俺たちとしても驚きは薄かったと記憶している。むしろ納得したぐらいだ」


 だから徐々に忘れられていった。彼が生まれる前から山嶺都市は問題なく続いてきたし、だから彼がいなくなっても山嶺都市は何も変わらず続いていける。そう誰もが考えた───いいや考えもしなかった。


 一人を除いては。


「一人息子って言ってたよな」


「ああ。だから執着も並々ならぬものだったのだろう。その心中を慮ることは俺たちには難しい」


 子を想う親。確かに俺には想像もつかない。


 多くの《地妖》たちもそうだったという。人族よりも寿命の長い《地妖》としても、ジーブルは出奔時に既に《地妖》としての成人を迎えて久しかった。彼の行動は自己責任として受け止められていた。


「ゼオラドだけは、そう思わなかった」


「ああ」


 グーンルンツは再び頷く。それは先ほどのものと違って、酷く沈痛なそれだった。

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