311話 暗底闘争その5


 彼はぐるぐる巻きに縛られている。俺の《火焔光背》も展開して二重の拘束、ここからなら聖究騎士だってやすやすと脱することは難しい。


 山の麓、周囲に《地妖》の坑道が続いていないことを《光背》で確認済み。彼の武器たる大剣はヒウィラに預けて少し離れてもらっている。いつ目覚めてもいいように待ち構える。


 瞼の下、瞳が動いている。《地妖》の青年が意識を取り戻すまであと僅かだ。頬でも叩いてやれば少しは覚醒が早まるかと考えたが、彼とは落ち着いて話をしたいから急かすのは得策ではないと判断する。


 剣が届くか届かないかの距離を保って、じっと座って待つ。……やがて青年が目を覚ました。最初は状況を飲み込めずぼんやりと左右を見ていたが、すぐに正気に戻った。知性の光が瞳に宿ったかと思うと、縄を力任せに引きちぎろうとして───俺の《火焔光背》に阻まれる。


「クッ……貴様!」


「落ち着けって、話がしたいだけって言ってるだろ。まずは自己紹介から行こう、俺はユヴォーシュ・ウクルメンシル。君は?」


 なるべく落ち着いた口調を心掛ける。《地妖》の青年は縄と《信業》がなければ素手でも飛び掛かってきそうな前のめり具合だ。そんなことをしてもまた叩き伏せられるとギリギリの理性が働いているからそうしないだけで、俺を全力で憎んでいるように見える。そこまで過剰に反応される謂れはないと思うのだが。


「敵ならとっくに始末してる。そうだろ? 俺は正真正銘、《人界》から来たただの旅人だよ」


「そんな言い訳が通じるものか。メーコピィの狗め!」


「───今何つった?」


 メーコピィ。俺の魔剣アルルイヤを打った、今は亡きジーブルと、その娘にしてヒウィラのロングソードを打った半人半妖のジニア。二人の姓がメーコピィ。それがどうして今ここで出てくる? 確かに彼らに流れる血は《地妖》のものだが、だからってどういう縁があればこんな眼を向けられるって言うんだ。


 ───貴様ら、王政の手の内の者か!


「……山嶺都市の妖精王。そいつ、何て言うんだ?」


「───忌まわしきはゼオラド・メーコピィ。貴様が知らないはずないだろう」


 彼からすればそうだろう、メーコピィの鍛造した剣を持つ俺たちをメーコピィ側の人間だと勘違いするのも無理はない。そしてそれは事実だ───メーコピィの名が違うことを除けば。


 というか、つまり、


「ジーブル、妖精王の血筋だったのかよ……!」


 ないしはジニアも。彼女はそんなこと知りもしないだろう。夢にも思わずに今も前線都市ディゴールで鍛冶に勤しんでいるはずだ。


 ジーブルが知らないということはないはずだ。彼はジニアに伝えないまま逝ったのか。……《妖圏》に帰る気がないのなら、余計なしがらみでしかないもんな。

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