310話 暗底闘争その4
《地妖》の表情は味わい深いものだった。明確な敵意はごく僅かで、多くを占めていたのは『厄介なことになった』という感情だ。人族と魔族が訪れたからだけではなく、もっと彼ら側の事情を考慮しているような、顔の裏側で脳の回路が高速で回っているのが透けて見える。
彼ら《地妖》は同属同士で殺し合いを繰り広げていた。その事情次第だが、俺たちを受け入れる余裕がない、ということもあり得る。そもそも何故そんなことをしているのか。出来れば教えてほしい。
知りたいのはあちらも同じようで、俺たちを観察する二つの眼が目まぐるしく動く。彼の目線が最後に留まったのは───ヒウィラの剣?
瞬間、彼の顔色が変わった。
「貴様ら、王政の手の内の者か! 奴め《人界》まで抱き込んで俺たちを潰そうなどと───」
「え?」「は?」
急にヒートアップされても、こっちは何を言っているのか分からないから反応のしようもない。『王って言っても多分ウーリーシェンは関係ないよな……』とか考えている俺の顔は、さぞや間抜けに映ったことだろう。
敵意はないが、無抵抗で殺されてやる道理もまたないので、俺は転がって大剣を躱す。
「おい! 《地妖》に何が起きてるんだ、どうして俺たちが斬りかかられなきゃならないんだ! こっちは攻撃は加えてないぞ!」
「うるさい黙れ、汚らわしい王政の狗め! その首叩き落としてくれる!」
「冗談キツいぜ!」
敵意は完全な殺意へと遷移してしまった。こうなればもう話し合いで止めるのは不可能と判断して、俺は《火焔光背》をいったん引き上げる。これで坑道の連中はまた殺し合いを再開するのかもしれないが、悪いがそこまで責任持てない。こっちはこっちで命懸けなんでな!
最高密度の《火焔光背》が、対峙する戦士の全身を舐めた。斬りかかろうとする姿勢のまま大炎上した彼は、そこからピクリとも動けない。
後は一度眠らせて、落ち着かせてから話を聞き出すのがいいだろうが───ここで魔剣を使うとどうなるか分からない。俺は鞘に収めたままで《地妖》に肉薄すると、その後頭部に強か打ちつける。
鈍い音がして、ゆっくりと矮躯が傾いでいく。
「ま、ざっとこんなもんだな」
「お疲れ。彼はどうするんだい?」
「ここじゃまたいつ坑道から出てくるか知れたもんじゃないからな。麓まで降りて、そこで尋問と行こう」
「試したい魔術があるんだけれど、いいかい?」
「いいわけあるか」
「え~、ケチ~!」
膨れ面してみせても無駄だからな。その魔術って、どうせウィーエが使ってたやつだろ。あんなもんなくても、情報を引き出すくらいちょちょいのちょいだぜ。
俺は《地妖》の身体を縛り上げる。《信業遣い》にこんな拘束は殆ど無意味ではあるのだが、一瞬でも動きを止められればそれでいい。いざというときは《火焔光背》もあるしな。
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