309話 暗底闘争その3

 ヒウィラにいくら言われようとも、《火焔光背》も《光背》と近しい《信業》なのは間違いない。使い勝手も同質で、圏内の動きは手に取るように分かる───どの行動が俺への敵対行為なのか、ある程度自動で対処できるとは言え最終的には俺の判断なのだ。


 ───と、言うのは建前。


 有効範囲が広ければ広いほど、対象者が多ければ多いほど、俺の処理能力を越えて取りこぼしが出てくる。メール=ブラウのときは相対しているのが実質的には彼一人分の敵意だけだったから処理しやすかったのであって、あれが彼の《鎖》で意識を縛られていない、別個に自我を保った複数であればもっと苦戦したことだろう。


 つまり、何が言いたいかと言うと、


「ッ危ねェ!」


 鞘から抜く暇もないくらいギリギリの判断で、振り下ろされた大剣を防いだ俺の反射神経を褒めて欲しい、ということだ。


 《火焔光背》の展開中に《光背》は使えない。薄く広げてしまった《火焔光背》では斬りかかってきた《地妖》を止めるには至らない。最終的にものを言うのは腕力だ。


 《地妖》の小柄な体格からは想像もつかない重い一撃に、アルルイヤを収めている鞘が軋みを上げる。このままだと《遺物》たる刀身はともかく鞘はぶっ壊れる───そう覚悟を決めたところに、一閃。


 ヒウィラの抜き放ったロングソードの銀の煌めきに、《地妖》の戦士が距離を取る。普段は剣の訓練なんてやってられないみたいなスタンスのくせに、危難に面すると躊躇がない。こういう時はありがたいが、平時からこうなら───なんて考えられるほど安穏としたシチュエーションならばどれほど良かったか。


「───貴様、何者だ」


 《地妖》の誰何すいかの間も、彼を《火焔光背》が焙っている。戦う意思を燃焼させられながらもここまで到達するか───敵意は明確、実力も保証済み。───《信業遣い》、《妖圏》流に言えば《希術師》ってヤツだろう。まさかここで小神相当者がいきなり出てくるとは思えないから、実力的に負けるつもりはないが───かといって《火焔光背》を維持しながらり合って万一があっても嫌だ。そもそも俺はここに喧嘩を売りに来たんじゃないことを忘れるな。


「俺は《人界》から来た旅人だ。こっちの娘は魔族だけど敵対の意思はない、話を聞いてほしかったから戦いを止めさせてもらっただけだ。剣を収めてくれ、話がしたい」


 俺はゆっくりと、ただし一息に要求を告げながらアルルイヤを腰に提げる。ヒウィラも同調してくれて、抜いたばかりのロングソードを収める透き通った音が響いてきた。《火焔光背》が非殺傷性なのもここまでで見てきているだろうし、これでよほど好戦的でもない限り、俺たちの戦意がないのを汲んでくれる……と思いたい。


 俺たちは固唾を飲んで応答を待つ。

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