307話 暗底闘争その1

 見つけた入口は、人族の俺からすれば子供用にしか見えない。とてもそのままで入り込める高さと幅ではなく、身をかがめてもかっとといった様子。いっそ這いつくばったほうが楽なんじゃないかとすら疑わしいほど、そこは狭い。


 当たり前だ。ここ《妖圏》に人族がいることは想定されていない。《地妖》の生活圏が《地妖》の体格にあったものになるのは必然の流れだ。


 《人界》でも同じこと。誰も人族男性の平均身長の二倍の高さの扉なんて作りはしない。


「分かっちゃいるが、こうもせめぇと流石にな……」


「私とバスティとで行ってきましょうか?」


「いやそりゃマズいだろ。《幽林》のコリドーでのことを思い出せ」


 ヒウィラは一発で妖精王に魔族であると看破され、俺の執り成しがなければそのまま処刑されていたかもしれなかったんだ。不倶戴天、断じて相容れないのは人族が顕著だが、決して妖属も魔族を敵視していないわけではない。


 俺の傍から離れさせれば、守り切れない。


「《光背》で押し通れればな……」


 光球で土や岩を弾いたまま坑道に突っ込めば力づくで道をこじ開けられるかもしれないが、退けた土砂はどこかに消えるわけではない。無理に力を加えられて崩落すれば、《光背》で怪我をしないのは俺たちだけ。そんなことになれば《地妖》に協力を求めるなんて夢のまた夢に成り果てることだろう。


 ただでさえ状況が分からないってのに───


「……ん? 待てよ、そもそもどうして《地妖》同士で戦ってるんだ?」


「それを調べに行くんじゃないのかい?」


「いや、それくらいなら───」


 血で血を洗うような命懸けの戦いが繰り広げられていたから、俺は何も考えずにとりあえず止めなきゃで行動していた。どちらに加勢するわけでもなく、どういう陣営分けか知らないが鉾を収めさせて、それから事情を確認するしかないと俺は思っていたんだ。


 ……割と、テンパっていたんだろう。何をしたいか、どうすべきか整理して明確にすれば何のことはない。


 止めたいなら止めればいい。


 俺は《火焔光背》を展開する。






◇◇◇






 その坑道は、名前を“オストレリド坑道”という。


 山嶺都市グワイクラシェンに通ずる主要な幹線の一本であり、故に制圧すれば相手の動きを大きく封じられるということで、多くの《地妖》が駆り出されていた。


 だからその現象を、多くの《地妖》が体感した。


 光の速さと、光の備えない物質透過性で、張り巡らされた細い坑道を火焔が蹂躙する。


 その火焔は一切の傷を付けなかった。狭い地下坑道で火災が発生することの恐怖は、この山嶺都市に生きる《地妖》ならば骨身にしみて知っている。まず呼吸に必要な酸素が燃焼するから、どうあっても助からない───はずなのに、どういう原理か、全く息苦しくならない。熱くもない。


 奇妙な炎だった。それを炎と呼んでいいのか。目撃したのが《地妖》一人ならば何を馬鹿なことを、白昼夢を見たんだろうと一笑に付される幻炎。同時多発的にこれだけの人数が見てしまえば、とても笑い飛ばせる話ではない。


 誰一人として動けなかった。竦み上がって硬直したとかではない。動こうとすればするほど火勢が強まり、すると何故か動いた気になるけれど動けていないのだ。まるで動こうとした意思そのものが燃焼しているかのように。


 本来ならば───何が本来か議論の余地はあるが───炎上し、煙に巻かれ、ばたばたと倒れていくはずであった《地妖》たちは、棒立ちのままに火焔が通り過ぎるのを待つしかなかった。


 ただ、僅かばかり《希術》の心得がある者たちだけは、かろうじて《火焔光背それ》に抗って発生源を見やった。


 ───この炎の波、それが襲来した方角にこの《希術》を行使した何者かがいる。

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