306話 去林訪嶺その5
《樹妖》の領域を出て、探し始めてから何日目か数えるのも止めたころ。
「あら……? ユヴォーシュ、あれ」
最初に気づいたのはまたもヒウィラだった。彼女の指さす方へと光球を急行させると、確かに向かうだけのモノがそこにあった。
地に倒れ伏す《地妖》の男。
その総身は血の赤に染まって見るも無惨だ。脈を測るまでもなく絶命しているのが見てとれる。
「こうした何者かが近くにいるはずだ。気を抜くなよ」
警戒を促しながら死体を観察する。死因は全身からの出血によるもの、傷をつけたのは牙や爪ではない、鋭利な刃物。ただし剣よりも重そうだ。血が乾いていない、まず体温すらまだ抜けていないからほんのついさっきの死───というところまでは分かった。
服装からも分かることはある。彼が纏っているのは薄い金属鎧。これが噂に聞く《地妖》の鎧かと興味を惹かれつつも、今着目すべきはそこじゃない。彼の装備ではどう考えてもこの山中を移動するには不向きだ。どこか近くに彼らの街が───山嶺都市グワイクラシェンがあるはず。
……出し惜しむ状況じゃないな。
俺はハンドサインだけで合図をすると、走査のための《光背》を広げる。全方位にまんべんなく広がる物質貫通性の光は何かを吹き飛ばすための用途ではないから可能な限り希釈して、これならば《信業遣い》でも気づいていなければ認識できまい。一帯を感知し、俺は俺の《信業》が知らせてきた内容に驚愕する。
「……下だと?」
「えっ?」
聞き返すヒウィラに、麓の方を見やるバスティ。そうじゃない、と前置きして、俺は真下───俺たちが足で踏みしめている地面を指し、
「足元だ。《地妖》は地下に坑道を掘ってる───!」
驚きながらも、心のどこかで納得している自分がいた。《人界》で暮らしていたジーブル・メーコピィも、工房は自然洞窟の中に設けていた。この《妖圏》の地に過ごす彼らなら、自らで穴を掘ってそこで生活していても何ら不思議はないのだ。樹々の上に暮らす《樹妖》から類推してしまって、勝手に人族の視点で物を見ていた己を恥じる。
「坑道の入口が近くにある。そこから潜るぞ」
「そりゃあ見つからないはずだよねぇ。ウーリーシェンも、それくらい言っておいてくれればいいのに」
「二人とも悠長な。この《地妖》がこうなっているということは、戦闘状態なのではないのですか。ユヴォーシュ、どう?」
「仰る通り、入り乱れて
俺は返事を待たず《光背》を展開して二人を取り込むと、そのまま俺に出せる最高速で駆ける。険しい山肌なんのその、瞬くより速く───!
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