302話 去林訪嶺その1

 ───結局、ケルヌンノスはこの里にはいなかった。


 宴の翌々日、俺の滞在する館へと報告に来た官吏が簡潔に報告した。まる一日でこの広い里じゅうを捜索したのかと驚くが、妖精王の強権を発動すればそれくらいは容易いのだろう。“まさか”と言うのは相手の働きに対して失礼でしかない。


 俺は丁重に礼を言うと、ケルヌンノスを探すためにどうすればいいかを模索することにした。


 取り出したるは市で購入した《妖圏》の地図───と言っても、基本的に妖属は己の属の里から出ないらしいので、あまり精度の高いものではないのだが。一先ず位置関係さえわかればそれでいいということで、《幽林》のコリドーを中心とした一部しか記載されていないがこの際贅沢は言っていられない。


「コリドーの周囲に《角妖》の里はないんだな」


「載ってるのは隣接した里ばかり。となると一直線に《角妖》の里を目指すのは厳しそうだから、どこか他の里でまた聞き込みするしかないかな」


「北は海、西には《幻妖》の里があるだけだそうですから、南東方向を目指すことになりそうですね」


「となると……《地妖ドワーフ》の山嶺都市か」


 その名はグワイクラシェン。その面積と人口の多さから、もはや妖精の里などと呼べない代物と化しているらしい。彼の地を収めるは『鉱石を割ると産まれてくる』とか『血管を金属が流れている』とか揶揄される《地妖》だ。


 俺が知っている《地妖》は、魔剣アルルイヤを鍛造したジーブル・メーコピィとその子のジニア・メーコピィくらいのもので、直接顔を合わせたことがあるのは半人半妖のジニアだけ。人格的サンプルはほぼないと言っていい。ジーブルは人族と結婚して子を成しているのだからそこまで話の通じない妖属でもなかったのだろうと思う反面、人族の都市から離れて山奥の庵に籠って暮らしていたというのが、《地妖》の傾向なのか、個人の性格なのか、あるいは鍛冶師としての利便性から来るのか予測がつかない。


 要するに、不安だった。


「つっても、やっぱり人口が多いなら情報も多いだろうしな……」


「《華妖》の里はここよりも小さいそうですからね」


 偽物であっても《魔界》の姫として育てられたヒウィラの言葉にはそこはかとない優越感が潜んでいた。確かに魔王城カカラムは壮麗だったし、城下町の発展ぶりは聖都に匹敵すると言っても過言ではなかった。だからって勝ち誇る必要はないだろうに。というか、そんな自慢したくなるほど魔王城にいい思い出あるのか?


 結局、否定意見は出なかった。このままケルヌンノスのいないコリドーに滞在していても時間を無為に浪費するばかりだし、


「んじゃあ、行くか。─── 《地妖》の都市へ」


 目的地は山嶺都市グワイクラシェン。ケルヌンノスがコリドーに居なかった時のために、昨日一日かけて準備は整えてあるからいつでも出発できる。あとは世話になった妖精王ウーリーシェンに挨拶はしておかないと。

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