301話 神聖詐劇その6

 それはそれとして、気になる点はまだあった。


「そいつは───ウーリーシェンが追ってた《真なる異端》ってのは、どんなヤツだったんだ?」


「余はまみえておらぬ。……いや、一度、あれを一度と言っていいのかも怪しいくらいの極一瞬、ちらとだけ垣間見たことはある、か」


 長く追っていたわりに、名前すら掴めなかった件の男。彼は異常なまでに人心掌握に長けていて、一言二言交わすだけで自らに心酔させられたという。そうやって作り上げた信者を巧みに操って自らの身代わりにするばかりだったが、偶然にも一度だけ遭遇し、ギリギリのところで逃げられた───その時の記憶。


「容貌に特筆すべきところはない男だった。ただ、瞳だけはギラギラと燃えていたな」


 獣の如き黄褐色と言われて、俺は猫あたりのそれを思い浮かべる。ウーリーシェンはそれを仕草からでも読み取ったのか、口に出す前から否定した。


「余が言ったのは、餓えだ。───彼奴きゃつの眼は燃え狂っていたよ。それこそ東の平線から姿を現す太陽、それそのものの如くに熱量を内包した瞳」


 俺の喉が鳴る音はやけに大きく聞こえた。


「そいつ……人族だったか?」


「瞳以外の見てくれはな。だが大神と死闘を繰り広げ、自らの命を犠牲にしてでもラーミラトリーを討つような奴ならば、であっても驚きはしない。それこそ人族の皮を被った全く別の化物であったとしても───」


「なになに、何の話だい? ボクらも混ぜておくれよ」


 勢いよくバスティが抱き着いてくる───ほとんど跳びかかってくると言っていい。傾ぎそうになる体をどうにか支えてやると、彼女の頬が朱に染まっているのが見えた。こいつ酔ってやがる!


「いま大事な話してんだよ、じゃれつくなら後にしてくれ! つーかバスティ一人ってことは、ヒウィラは……」


 猛烈に嫌な予感がして振り返ると、彼女は椅子に腰かけて俯いている。肩の上下は規則正しく非常にゆっくりで、これは───寝てる?


「二人で長話しているから酔いが回っちゃったんだよ。ユーヴィーが悪いんだからね」


「はいはい俺が悪かったよ。分かったから引っ付くな」


 どうにかこうにか引き剥がしながらウーリーシェンに向き直ると、彼は肩をすくめる。どうやら彼も重い話の続きをする気分ではなくなってしまったみたいで、そのままお流れになった。


 やれやれ、聞くべきことだけは聞けたと思おう。俺は話し込んだおかげでカラカラに乾いた喉を潤すため、給仕を探しに歩き出す。


 ……それにしても、義体ってここまで酔っ払うもんなんだっけ? 妖精王と話しているところに飛び込んでくるなんて、普段のバスティなら空気を読んでくるところだろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る