299話 神聖詐劇その4
衝突は一度ではない。回数を数える意識すら奪うような交叉が、その後、幾合続いただろうか。
天と地がひっくり返った。いいやそう思った五感が正常ではない。揺れる世界の中にあって、なまじっか外れていることがウーリーシェンにとっては仇となった。いっそ《人界》ラーミラトリーの住民と同様に忘我に陥っていれば楽だったろうに。その時はそんなことを考えていた。
後から思い返せば、お笑い種。
永遠のようにも、一瞬のようにも思える衝突の果てに、世界すら引き裂かんとする傲岸の極みが迸る。超絶の《顕雷》が大神真体を襲い、同時に世界そのものが《真なる異端》を圧殺せしめた。
───相討ち。
「そんな……」
激突の現場を見ずとも直感できる。今の一撃で、世界までも割り裂かんとする異形の《信業》は潰えた。だが大神ラーミラトリーが負ったのもまた、助かりようもない致命傷。
《人界》ラーミラトリーは終わる。猶予はあと僅か。
「ああ、神よ。神よ、どうか……」
騎士の一人が祈りを捧げても、それに応えるだけの力は大神に残されていない。彼がまだ意識を保てているのは《信業遣い》だからで、すなわち神のしるしが常人よりは薄いから。しるし色濃く刻まれている一般人たちは忘我状態から帰ってこないままだ。大神が死ねばそのまま昏倒して永遠に目覚めないだろう。
風はない。音もない。天の太陽もおそらく微動だにしていない。きっとこれより先、人族の新生児が産声を上げることもない。世界を管理する神の死とはつまりそういうこと。ラーミラトリーに属するすべてに新しいことは起こり得ない。
ウーリーシェンは違う。彼は妖神ケテスィセルに属する存在。だから大神の死に面してもこうして平静を保ち、選択する余地があった。
───このまま《人界》ラーミラトリーの死と末路を共にするか、
───あるいは人族の友を見捨て、一人《妖圏》へと帰還するか。
「馬鹿な……!」
いずれにせよ最悪の選択肢。妖精王を継ぐための社会勉強として送り出された彼は、ここで死ぬ自由はない。けれど友を見捨てて生き残り、誇りを捨てて妖精王には成れない。こうなった時点で彼は詰みとなったことに気づいていた。
もっと早くあの異端を止めていれば。あの異端が《信業》に覚醒するより先に、《真なる異端》となるより先に仕留められていればこんなことにはならなかったのに。
仲間の騎士たちを見やる。彼らもウーリーシェンを見返して、何か想いを伝えようと口を動かすが言葉にならない。彼らとて大神ラーミラトリーの眷属には違いないのだ。大神の命の灯が消えつつある現状、満足に喋ることすら高望みという事実を突きつけられて、妖属は一人絶望の底に沈む。
───膝を屈した彼の耳に、彼方から鐘の如き音が届く。
弾かれたように空を見上げる。空の向こう側に透かして何かが見える。それは見る見る接近し、ある段階で衝突した───その衝撃が《人界》ラーミラトリーを震撼させることは、なかった。
後にケルヌンノスとニーオリジェラ・シト・ウティナによって限定的に再現されたそれと違い、これの目的は二界を繋げることではない。
死する《人界》ラーミラトリーと、健在なる《人界》ヤヌルヴィスの合一による延命のための魔術行使。故に中途半端なところで止めてはならない、最後までやり切る必要があり───
世界と世界が混じりあって飽和した衝撃の白に飲み込まれて、ウーリーシェンの意識はぶっつりと断絶した。
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