298話 神聖詐劇その3
「その方が口を差し挟むから、どこまで話したのか忘れたわ。ええと……」
ウーリーシェンは記憶を遡る。あの日、あの場所で見たものは脳裏に焼き付いて今でも鮮明に思い出せる。
───それは世界の凝縮だった。
嵐であっても起こり得ないような猛烈な風が一点に吹き込んでいく。湧きおこった黒雲も風に従って集っていく。大地から巻き上げられた土や岩も集め固められ、形作られるは大神ラーミラトリーの真体。
魂を収容する神体や、肉体の代用品たる義体、龍体とは別格の存在感。大いなる神は世界そのものであり、その力の顕現たる真体は縮図たるものでなければならない。天と地とを呑み込んで、いま
半ば概念の領域に踏み入っている真体は、生身のウーリーシェンでは正しく認識できない。
おそらく、おおよそは人と同じカタチをしているように見えた。二本の腕と十本の指、一つの頭部は分かるが、それ以上の細部を凝視しようとするとどうにもうまくいかない。眼は、鼻は口は耳はついているのだろうかと意識を集めると、真体の奥に渦巻く世界そのものに魂が引っ張られる感覚がして長いこと続けていられないのだ。
大きさも曖昧だった。
少なくとも常人大ではない、見上げるべき偉容なのは確かだが、何かと比較して計測しようとすると途端に認識がボケていく。いかな《人界》の建造物よりも大きく、《妖圏》は列柱の森の木々よりも大きく、何よりも大きいのだと妖属のウーリーシェンすら信じてしまいそうな、ただただ純粋な大きさ。
「これが───大神」
若き人族の騎士、その一人が呆然と呟く。彼らは人族の中ではまだ動ける方で、大衆はそれすらできない法悦の中にあった。神のしるしが共鳴し、今の彼らは大神ラーミラトリーと一種合一化しているといえる状態にあるのだ。
ここまでする必要があるのか、とウーリーシェンは困惑する。確かにかの男は《人界》に仇なす危険人物なのは間違いないが、それでも《人界》の範疇に収まる禍としてしか認識していなかったのだ。呪いじみた人心掌握の術を持ってはいるものの、それだけ。ウーリーシェンと彼の友たる騎士たちの一団で痕跡を追ってここまで来て、逃げ道も絶った。あとは取り押さえるだけというところまで追いつめたのに───
「───まさか」
騎士の一人が呟いた瞬間に、大神の真体が動いた。両の
真体から轟音が響く。あまりに大きすぎる音は、協和しているかどうかなど関係ないのだと思い知らされる。真体の内側で発生した無数の音が重なり、この世ならざる旋律を奏でた───これが、神の詠唱。
陣と詠唱、魔術行使に用いられる最もオーソドックスな要素が揃った。それにより発動した《奇蹟》を正しく認識できたものはその場には一人もいない。ただ二人、行使者たる大神ラーミラトリーと、それに真っ向から立ち向かった件の男だけが何が起きたのかを理解していた。
何で攻められているのか理解できなければ、それを防ぐことなど夢のまた夢。つまり完璧に防ぎ切った彼が大神の域にあることは自明の理であり。
世界で彼と大神だけが、一段上の格であることの証明となる。
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