296話 神聖詐劇その1
「あれが何年前か、正確なことはよう知らん。そういうのは妖属の領分ではなく
先も言ったように、当時の余はまだ妖精王の座を継いではおらなんだ。一介の妖属でな、ゆえに《人界》を訪れることもあった。その方も知っておるはずよ、《妖精の輪》を使ってちょいちょいとな。
あの頃は三《人界》───ヤヌルヴィス、ラーミラトリー、それとジルモレティだったか? は正しく分かれていた。隣接する界へと流行ける妖属と言えど三つ向こうは流石に遠い、《人界》ジルモレティがどんなであるかは今も昔も余は詳しくない。むしろ、《人界》ジルモレティについては《妖圏》ケテスィセルと《経》が通じておるから、あちらから来る人族が多かった。妖属は余も含めて、どうにも《経》による越界を毛嫌いする性質があってな。《妖精の輪》の方を好むのだ。
そういう訳で余は《人界》ラーミラトリーを訪ねていた。人族はそれはもうウジャウジャといて、薄気味が悪いと思いつつも見識を広めるべく各地を旅したものよ。《人界》の騎士たちともよく会った。日々が目まぐるしく忙しなく、活気に満ちてはいるが雑多で、当時は露とも思わなんだが───ああ、今にして思えば」
それなりには楽しかった。
そう語る妖精王ウーリーシェン・オモノロゴワの瞳はテラスの下の民に向けられてはいるけれど。
焦点は、数百年前の《人界》の喧騒にあっているのだろう。
……想像だにできない果てしなさ。言葉の上での表現で『遠い未来』とか『遥かな過去』とか時間を距離的に形容することはあるけれど、そうして考えれば───数百年前なんてとても見える距離ではないはずだ。
遠ざかってしまうのは思い描けなくなるから。過去は忘れるし、未来は曖昧模糊として見通せない。分からないものは自分から縁遠くなって、結果として遠くに霞んで消えてしまう。
それをそんな眼で思い返せるってことは、きっと、彼の記憶は今も色褪せていないのだろう。彼がどんな旅をしたかは今ここにいる俺には遠いけれど、彼の中では大切な思い出としてすぐ手に取って眺められるくらいの位置に飾られているのだ。
俺もそんな旅ができるだろうか。
「いくつかの都市を渡り歩いたが、列挙することは止めておこう。名前が変わっているのはショックなものだ。余はあの都市のうちのいくつかはそれはもう酷い名前だと扱き下ろしたが、いくつかはそれなりに気に入っていた。
それが起こったのは、ある都市に滞在していたころのこと。
《人界》ラーミラトリーに生きとし生けるすべての生命が震撼した。そこに根づき息づく人族はもちろん、異邦人たる余すらも直観させる神威。
世界の名冠する者、人族の守護神、大いなるラーミラトリーの光臨とすぐに悟ったわ。
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