295話 幽林夜会その8

「事件を文字で受け継ぐ人族、知らぬこともなかろ。二つの《人界》が一つになる契機。人族の言葉では何というのだったか……」


 そう言われれば心当たりがないこともない。だが俺の心に浮かんでいるそれは、決して惨劇などと呼ばれるような出来事ではなかったはずで、恐る恐る吐き出す言葉は裏返りそうだった。


「───それって、まさか、《神々の婚姻》か?」


「そう、それだ。人族の命名は分からんな、とかねてより思っていた」


「何でそれが惨劇なんて言われてるんだ。二界統合による混乱って、そこまで大きかったのか?」


「その方とは先刻からどうにも話が噛み合わんな。そんな後々のことまで余が知るはずなかろ、余が言っているのは大神ラーミラトリー殺しよ」


「──────なん、だって?」


 予感がした。悪寒と言い換えてもいい。とてもこんな話の流れで聞いてしまっていいような話ではない。きっとこれは迂闊に知るべきではない、一度知ってしまえばそれまでとは違うようにしか《人界》を見られなくなる厄ネタだ。


 小神シナンシスの殺害計画だけでキャパオーバーだったのに、いきなり何だよ。大神は既に死んでいたって?


 脳が理解を拒む。目の前の会話から精神が遊離して、周囲で交わされている穏やかな言葉が耳から入り込んでくる。


「ターディ橋にオープンした店、あれはいい……」


「……ゲアーユ館あたりで酔っ払いの乱闘が───」


「官吏に任せておけ。そこまでは我々の管轄じゃ───」


「どうした、放心して」


 ウーリーシェンの言葉に意識が引き戻される。宴の喧騒が遠ざかっていく。知るべきではなかったであろう過去が俺に迫ってくる。


「───悪い、その、衝撃が大きすぎて。それで、ラーミラトリーが死んでるって? どうしてそんなことが分かるんだ?」


「余が妖精王となったのはその後のことだからな。当時のことはこの眼で見ている」


 俺は黙って両手を上げた。


「何だ?」


「参った、降参だ。俺の感覚じゃとても追いつかない。頼むから、そういう驚愕の新事実はゆっくり喋ってくれ」


 《神々の婚姻》は数百年前の話だっていうじゃないか。そのころから生きているとかあっさりと告げられると、俺の脳程度では情報を受け止めきれない。怒涛のように驚きを提供されると、それだけで俺も死んじまうぞきっと。


 ウーリーシェンは俺の庶民的感覚を訝しんでいるのか、


「我儘なものだ」


「我儘言ってるつもりはねぇんだけどな……」


 ともあれ、自分のペースで語るとどうやらこのユヴォーシュという男は受容できないらしいと理解はしてくれたのか、妖精王は少しずつ区切って説明を始めた。


 さてどこから語ったものかと前置きをして、

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