294話 幽林夜会その7
「では貸しを返してもらおうか。その方、一つ答えるのだ。その方が連れている少女───魔族の方ではないぞ───あの娘は一体なんだ?」
「バスティのことか?」
意外だったが、言われてみれば彼女について何も説明をしていないことに気づいた。神聖騎士扱いの俺と、魔族のヒウィラの身分は話題に上がったが、バスティについては名を名乗った程度だ。妖精王からすればとても気にかかっていたのだろう。正体不明の少女が同行する旅ではないが、ならば何者なのかは俺たちの口からこれっぽっちも語られない。いっそ聞いてしまえとなるのもうなずける話だ。
ただし問題は、聞かれても俺たちもよく知らない、という点だ。バスティ当人ですらろくな記憶がないのだから困りもの。
これもいい機会だと考える。妖精王とこうして話をできることなどそうあるものではないはずだから、率直に話して心当たりがないか聞いてしまえばいい。
「彼女は記憶喪失なんだ。俺が拾ったときには神体だけがあって、今の身体は義体だよ」
「ん? 記憶喪失の神体とな?」
「ああ。本人は大神ラーミラトリー側の小神じゃないかと推測してるよ」
「いや、それはなかろ」
ウーリーシェンがあっさりと否定するので俺は肩透かしをくらう。彼の即答は明確な根拠による裏打ちがあるとしか思えない。
「な───どうして言い切れるんだ!?」
勢いづいてしまうのも無理はないだろう。今までほとんど進展のなかったバスティの正体に繋がる可能性なんだ。
「小神もまた余と同じ柱だからだ。世界を支える柱がその世界から出ていける道理はなかろ?」
《人界》の小神たち、ウーリーシェンら《妖圏》の妖精王たち、《魔界》の魔王たち、彼らは皆、自身の世界を離れられない。世界の一部であり、世界そのものであるから《経》も通れない。この場合の『通れない』とは試すことすらできない。そもそも通ろうという発想すら浮かばなくなるのだ、という。
つまり《枯界》で発見され、《人界》へも《妖圏》へも移動できているバスティが小神である可能性は限りなく低い。
「この余とて、その方の言葉があるまで気付かなんだ。《妖圏》から出ようとすら考えつかぬ余自身に」
「なら……試したことはないんじゃないか? だとすればまだ可能性は───」
「低いといっただけで絶無とは言っておらぬ。しかし絶無だと思っている。神にとっての神グジアラ=ミスルクによって創られたこの《九界》には誰しも役割というものがあろ。その中でも最たるものが各界を統べる神たち、次いで王の位にある者たちのはず。それが己の世界を離れられないようになっているということは、神がそうしていると信ずるのが自然というものよ」
「…………」
含蓄ある言葉にぐうの音も出ない。言われれば言われるほどそうとしか考えられず、では改めてバスティとは何なのか謎は深まるばかり。俺に《信業》を授けてくれた彼女は神ではないというのなら、一体───
「そも、陰神の眷属が未だ自我を保って存在しているとは考えにくい。あの惨劇、とても乗り越えられはしまい……」
「え?」
陰神? 惨劇? 急に飛び出した耳慣れないワードに俺はぽかんとしてしまう。
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