292話 幽林夜会その5

 テラスの下では群衆も杯を呷っている。あちこちの建物、そのテラスや屋根で屋台が声を上げ始め、人混みがうねり始めていよいよ───宴が本格的に始まりを告げた。


 お行儀のいい舞踏会? とんでもない。これじゃどちらかと言えば祭に近いじゃないか。事実、既に見える範囲でも《樹妖》の若者同士で小競り合いが始まっていた。人族も妖属も同じで大勢いればどっかしらで揉め事になるものなのか。


 にしても、どうしてこんな催しを執り行う必要があったんだろう。そう思いながらグラスを舐めている俺に、演説を終えたウーリーシェンが歩み寄ってきて、


「これでケルヌンノスとやらの情報も集まるであろ。この里にいたとしたら身動きも取れなくなる。余の配下に探させてはいるが、より大掛かりな手を打つ必要があると感じたのでな」


「……それでか」


 てっきり大騒ぎを見るのが好きだからとかそんな安直な理由かと思ったが、妖精王だけあって考えていた。いや単に俺が考えていなさすぎるだけな気がしないでもないが。


「それに、その方は殺気立っていたからな。毒気を抜いてやろうと思ったが、好みに合わなんだか?」


「えっ?」


 《妖圏》を訪れてからそんな切迫した瞬間はなかったように思う。強いて言うならばウーリーシェンとの最初の謁見で、ヒウィラが魔族とバレて一触即発の空気になったときだが、あれは事情からして仕方ないものだし……。


「何だ、自覚なしか。その方を見て、余はこう思ったものだ。『《人界》はまた随分と澱んだ瞳の男を寄越したものだ』とな」


 そんな評価は初めて受けた。初対面の相手にそう評されてしまうほど、外見だけで俺は活力のない人間になってしまってるってことか……?


 確かに幼馴染を喪ったことはとても辛い。そこから否定する気はないが、だからってそこまで剣呑な雰囲気になっているとは心外だ。


 ───正直な話、俺はケルヌンノスを捕らえて問い質さねばならないとは考えていても、首を斬って持ち帰り、ディレヒトに見せて処した証を立てるまでする気は現状ではない。ディゴールの館に帰る気満々でいるヒウィラには伝えられないことだが、帰るために信庁の走狗となって人殺しをするくらいなら、俺は流浪の身でもいいさと思ってしまうクチなんだ。いざというときはこっそり《人界》に戻って、それで信庁に追われるようなら手の届かないところに逃げればいい。


 内心でそういう考えを抱いている俺が、殺気立つ? それはつまり、信庁の言いつけとは無関係に俺自身がケルヌンノスへ殺意を持っているということになってしまう。


 そんなことが───そんな───そんな───


 

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