291話 幽林夜会その4

「余の民たちよ、よくぞ集った」


 夕闇によくとおる声でウーリーシェンが演説を始める。己を讃え、民への感謝を示し、里の健やかな日々を誇り、《人界》より訪れた客人を皆に紹介する流れ。朗々と語るあいだどこを見てどんな顔をして立っていればいいか分からないから、俺は曖昧な表情しかできずにいる。


 俺についての話───《人界》より託された使命を背負い、彷徨の末に辿り着いた勇猛なる騎士らしい。誰のことだ? ───の終わりがようやく見えてきた。旅の仲間としてバスティとヒウィラを紹介する中で、まあ当然《悪精》たる彼女の姿に観衆の注目が集まる。


 魔族と外見で判断できるにも関わらず、《樹妖》の民は彼女についても熱狂を維持したままだった。人族の俺とまったく変わらず反応するさまに、その方が気楽だし公平なのは確かだが、俺はどことなく胸が軋むのを感じる。


 結局は信仰が全て、個々人の人格や経歴なんか無視して神が敵対していれば敵対するし、神が友好関係を築いていれば人々もそれに倣うというのは不自然に思えてくる。そりゃあ同じ神を信じている者同士でもいざこざはあるけれど、そんなものは人魔の間の溝と比べればあって無きが如しだ。それがどうにも癪に障る。


 この中の誰一人とて、ヒウィラがどうして魔神アディケードを信仰していないのか知らない。彼女の過去に何があって今ここに立っているのかを知らない。それなのに持て囃して歓声を上げて、一体どこまで滑稽なんだろう。


「歪だ……」


 俺の呟きは喧騒の中に消える。こんな言葉誰に届いてもいけないが、口に出さずにはいられなかった。


 バスティがちらりと横目に俺に視線を送ってきたような気がした。気がしただけで、実際は彼女は正面にニコニコと笑顔を振りまいていて、外面のいいところを存分に見せつけている。


「さて、頃合いもよい。それでは皆の者、杯を掲げよ!」


 いっそ割り切ってしまって、二人と同じように堂々と満喫してしまえれば楽だろう。けれど取り繕って自分らしさを否定する自由は選びたくなかった。結果として、俺は宴の幕開けを実に楽しくなさそうなしかめっ面で迎えることとなったのだ。


「───随分と話し込んでしまったな。その方も飲むがいい。余の里の酒は実にうまい、酩酊して編み物に支障をきたすほどだ。ん? どうしたそんな深刻な面をして」


「いや……。悪い、別に何でもないさ。いただくよ」


 俺はグラスをちびりと舐める。いつぞやの経験で、こういうときに勢いよくいくと悪酔いすると知っているんだ、俺は。


 それなのに、琥珀色の液体はウーリーシェンの言う通り、腹立たしいくらいに上質な美味。これを我慢して飲まなきゃいけないなんて拷問か?

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