290話 幽林夜会その3

 すったもんだやって宴に遅れるワケにはいかない。仮にも俺たちは主賓なのだ。


 付き従っていた侍従に急かされて俺たちは雑談を打ち切ると、小走りにならない程度の早足で目的の館へと向かう。階段を登り、向かった先にはウーリーシェンが待っていた。


「その方ら、遅かったな」


 さすがは妖精王だけあって、着飾れば彼が一等賞。すべての視線を独占できる圧倒的な威風を備えているのは王と呼ばれる者の基本デフォルトなのだろうか。


 彼が顎をしゃくって俺たちをテラスへと誘う。素直に従って向かったテラスから見下ろした景色は、それはもうとんでもないものだった。


 ───歓声。


 一面に集結した《樹妖》の人だかりが、誰も彼も俺たちを見上げている。手を叩く音、振り上げられた拳、叫び声とかき鳴らされる楽器の音色。混沌の坩堝るつぼと化したその場に立って、俺はふと魔王城カカラムでの謁見を思い出していた。


 征討軍と魔王軍が整然と並んでいたのを、魔王アムラの視点から見ればこんな感じだったのだろうか。───正直言うと、恐ろしい。足に震えが走りそうになるのは命のやりとりとは別種の恐怖感だ。どうせなら顔も判別できないくらいテラスが高ければいいのにと思うのは、俺を見ている一人ひとりが疑いようもなく人格を持った個人であると識別できてしまうから。この場にいる人の数だけ人生があって、その重みが俺を圧してくる。


 ちらと横に視線を向けると、バスティとヒウィラは平然としている。きっと慣れているんだろう、そういうところでも俺との違いを感じて凹んでしまう。


「こ、これはどうして集まってるんだ?」


「その方は一体何を言っているのだ。《人界》よりの客人を民に顔見世するのは当然であろ。ほら背筋を伸ばすが良い、主役はその方であるぞ」


「いや、まあ、そうかも知れないけどさ……」


 俺は大勢の前に立って何かをする経験なんてないから、どう振舞うのが正解か分からない。俺はきっと引き攣っているだろうなと自覚しながらどうにか笑顔を形作ると、俺に向けて拳を突き上げている群衆に向かって手だけ振っておくことにした。


 ───俺の一挙一動で沸き立たないでくれ。


 頼むから。頼むからとりあえずの一アクションだけでそんなふうに盛り上がらないでくれ。俺は《妖圏》に入ってからそこまでされるようなことをした覚えはないんだ。


 ディゴールでちやほやされた時期もあったりしたけど、それだってここまで大仰なことはなかった。あれは俺一人でたおしたわけじゃなかったし、都市一丸となって《真龍》という災厄に立ち向かった中で、俺が一番目立つところにいたってだけの話だ。だから通りで声をかけられたり顔を認知されたりはしたけど、熱狂されたりなんて想像だにしなかったのに。


 ただやってきて、勘違いで騎士扱いされて妖精王に紹介されたからって、喉が張り裂けそうになるまで絶叫しないでくれ。頭に血が昇って失神するとか止めろよ、俺は大したもんじゃないんだぜ。


 いっそ気分が悪くなりそうだ。俺は根本的にこの場の雰囲気と合わないと骨身にしみた。

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