288話 幽林夜会その1

「ちょっと待て、これどこで留めるんだ」


「あ、それでしたらここの紐と結びます」


 《樹妖》式の礼装とは実に結ぶ箇所の多いものだった。俺はこんなに紐要らないだろと言いたくなるのをぐっと堪えて、絡まりそうになるのをどうにか手助けしてもらって着つけることに成功した。……もう二度と着ねえからな。


 てっきり緑一色かと思いきや、彼らの持ってきた礼服は実に華やかだ。まさしく花の色が散りばめられた百花繚乱。しかも万色の飾りはすべて細やかな刺繍ときている。彼らの糸にかける執念は凄まじいものがある。


「これ、どうやって用意したんだ? 既存の服を仕立て直したのか」


「いいえ、一から作りまして御座います」


「そっか」


 深く考えるととんでもない超勤が浮き彫りになりそうなので俺はそっと流すことにした。俺が罪悪感を覚えることじゃない、二日後あしたに宴を執り行うと決めたウーリーシェンの責任のはずだ。


 礼服はぴったりだった。全身くまなく採寸された甲斐があったというもの。つんつるてんの可能性まで考えていたがとしては上々の部類、これでもっと雑に着れる服ならと思わないでもない。生地も肌触りだけで最高品質と分かるのが、着やすさだけですべてひっくり返して二度と着ないと決意する手間さ加減なんだ。


 女性陣あっちはどうなっていることやら、期待三割、不安七割で向かう。そろそろ終わっている頃合いのはずだ。


 《光背》や何かは、使っていない。妖精王が自らの名にかけてコリドー滞在の安全を保障した以上、それを覆すことはないはずだという計算がある。仮に何かあったとてあの二人が何もできずにどうこうされることもないはずだ。いざともなれば爆発の一つでも上がるだろう。


 宴の支度で既に気疲れした俺が案内されるままに吊橋を渡ると、その向こうに見覚えのある薄桃と月白の髪が揺れていた。俺はそこに声をかけようとして、


「──────」


 言葉を失った。


 俺がいかに服に着られているのか、を見ると違いは歴然となる。


 二人は《樹妖》の標準的な体格からそこまで大きくは外れていなかったので、一からではなく既存のそれを仕立て直したということで、それはつまり俺のものよりも手がかかっているということ。なるほどそんな観点で見れば縫製も凝っているし、装飾も俺の纏っているものより華美だ。


 だが、それらはすべて些細な違いでしかなくなる。


 二人がドレスを纏えば空気まで色づく。夜会前の残照幽かな吊橋の上で、そこだけ明るく照らされているような錯覚すら覚える。小神と姫君、他者から観られて当たり前の上位階級の振る舞いというものを、俺は初めて思い知った。


 思い知って距離を感じる。俺は着付けてもらうのにいちいち気後れして、綺麗に見せるために化粧をすると言われればそんなもの要らないと言ってしまう俗人だ。それらをごく普通に受け入れて自分の武器にしてしまえる芯の強さは、俺にはない。


 ヒウィラがつと俺の方へ視線を向ける。


「ああ、…………ユヴォーシュですか。そうしているといつもよりも凛々しいですよ、見違えました」

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