287話 幽林訪客その8
さっきの話からして、宴と言ったってどうせドレスコードのある舞踏会のような堅苦しさなんだろう。そんなものに出たら肩が凝って仕方ない。
俺は気質的にアウトロー寄りなんだ。礼儀作法やら何やらはそりゃあ学院で教わっちゃいるが、もう頭から抜け落ちて久しい。正装だって何時ぶりだか知れたもんじゃないし、何というか、会が始まる前から既に帰りたくなってきた。
「それ俺も出ないと駄目か?」
「当たり前であろう。その方は何を言っているのだ」
「だよな……」
「魔族の私ならまだしも、貴方が出ずにどうするのですか」
呆れるヒウィラはいいよな、お姫様だからそういうのはお手の物だろう。バスティだって手慣れた感じを醸し出している。小神ならば大勢の前に出るのも日常茶飯事ってか、ちくしょう。
嫌で嫌で仕方ないが、だからといって逃げ出すわけにもいかない。それはそれでウーリーシェンの顔に泥を塗ることになるし、もし万一ここにケルヌンノスがいた場合が最悪だ。きっと妖精王は激怒して俺の敵に回り、ケルヌンノスを庇うことになる。都市ひとつ敵に回すなんて考えるだけでゾッとしない。
「出るしか、ないのか……」
「なにをそんなに悲観してるんだい?」
……いいよ。二人には分からないだろうよ。
謁見の直後、クリーマリーが大慌てで俺たちを別室へ連れ込み、大勢の部下と協力して俺たちの採寸を始めた。一からの縫製ではなく仕立て直しとはいえ、妖属とは体格の異なる俺たちのために仕立て直しともなれば時間はどれだけあっても足りないだろうし、用意してもらう側だから俺たちには何も言えない。
中でも問題なのは俺だ。
そもそも《樹妖》とは小柄な妖属で、というのも樹上生活に適応する上で身軽さが要求されるからだそうだ。どんなに大柄な《樹妖》と比べても一回りガタイのいい俺にサイズの合う服なんてコリドーのどこにもありはせず、どうするかはいくつか候補があるものの目下検討中とのことだ。
本音を言えば、俺のためにそこまでせんでもと思わなくもない。だが追い詰められながらもやりがいに目をギラつかせた侍従たちを見ると、慮るのすら失礼に思えてくる。
そして話が進めば出ないという選択肢はどんどん採れなくなっていく。
俺は用意してもらった賓客用の家の屋根の上で黄昏ていた。謁見の翌日、明日にはもう舞踏会だ。寝具はたいそう具合が良かったはずなのに全然覚えていない。
「おーい、ユーヴィー。ユーヴィーどこだい? あ、上か」
バスティの俺を呼ぶ声がする。……どうして俺は
眼下に広がる《幽林》のコリドーの風景は、目に入っていても認識できずにいた。天辺にだけ葉をつける長樹の枝を支えにして吊り下げられた建物と建物の間に張り巡らされた吊橋。いくつかの建物は枝と枝の間に直接乗っけるかたちで建てられている。あれも土台や柱という概念から考えれば『建てられている』と表現していいものかは分からないが、これが《
建物と吊橋が織りなす大都市。そこを行き交う《樹妖》の民たちは穏やかながら健やかな日々を送っている。これほどの人口ならば発見は容易と勘違いしそうだが───事実俺も勘違いしていたが───この里コリドーは妖精王ウーリーシェン・オモノロゴワの《希術》によって覆い包まれており、外部からは認識できない秘境と化している。
里と妖精王、そのどちらもが《幽林》とあだ名される由縁だ。
「降りておいでよ、礼装について話したいことがあるってさ」
「……わーったよ。今いく」
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