286話 幽林訪客その7

「その方らの訪ねて来た理由だ。人族が何の目的もなく我が里に赴いてくるとは思えない。ましてや騎士ともなれば」


「……すまない、その、俺のことを騎士呼びするのは止めてくれないか。ちょっとその……むず痒くて」


「ん? 構わないが不可思議なことを言うな」


「助かる。それで理由だけど、探し人がいるんだ」


「ほう。……それで《妖圏》を訪れるということは、そやつ、妖属か。……《樹妖》か?」


 もしケルヌンノスが《樹妖》だったらどうだっただろう、妖精王は庇うのかなと


「違うよ。《角妖》の男で、名前はケルヌンノス。知ってるか?」


「いいや、余の耳に届いたことのない名だ。そやつがこの里に?」


「ああ、そういう訳じゃない。《人界こっち》でやらかして、おそらく《妖圏》に逃げ込んだだろうから探しに来たってだけさ。俺たちがコルドーここに来たのも偶然だよ」


「ふふふ……それはまた! 奇特な旅をしているようであるな、その方」


「否定しないよ。当てはないけどどうしても見つけたいから、出来る範囲で協力してくれると助かる」


「よかろ、余の意思は里の意思。客人をもてなすのは当然のこと。その方はゆるりと休むがよい。生憎とユヴォーシュに誂えた客室はないがな」


「……はは」


 足を思い切り伸ばせるのは少し先になりそうだが、窮屈さはきっと大幅改善されることだろう。里に近づく不審な連中ではなく、今の俺たちは歓待される客に格上げされたみたいだから。誤解に乗っかっている手前、ほんのりと罪悪感はあるが割り切ろう。


 何はともあれ、いつ妖属の兵士が部屋に雪崩れ込んできて「その首頂戴致す!」みたいなことを言いだすかを心配する必要がなくなっただけでもありがたい。これでもしもケルヌンノスがこの里コルドーに滞在していれば、あっという間に旅の目的を果たせてしまうことになる。


 探してくれると言っているウーリーシェンの顔を立てるためにも、俺がうろちょろするのは避けるべき。決して探すのが面倒だからではない。


 ニーオの起こした事件からこっち、ずっとあれやこれやと忙しかった。遡ればその前だって《魔界》行きでゴタゴタしていたし、ゆっくりできたのは短期間だ。少しゆっくりしてもいいかもしれない。……そう思っていると、


「その方、翌々晩は宴を催すのでな。支度についてはクリーマリーに一任するゆえ、何かあれば言うがよい」


 は?


 俺の脳が発言の意図を理解できないでいるうちに、話はあれよあれよと進んでいく。


「ボクらの服はどうすればいい? 旅の身の上だから正装なんて持ってないんだけれど」


「用意させよう」


 ウーリーシェンがそう言うと、その横からすっと出た《樹妖》が意気揚々と引き継ぐ。


「この後お時間をいただいて採寸致しましょう。それで既存のものを仕立て直せば、明日には十分に間に合います。ユヴォーシュ殿については……宴までには間に合わせましょうぞ」


「よろしく頼むぞ、クリーマリー」


「お任せあれ、我が主」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。宴って言ったか? 俺は出るなんて一言も……」


「余が決めた。《人界》よりの客人を余の民に紹介せねばならんし、そのための相応しいというものがある」


 勘弁してほしかった。

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