284話 幽林訪客その5

 《樹妖》にしては背丈のある彼は、蔦で編み上げられた玉座から俺を見下ろしている。花飾りと目元の化粧の紅が鮮やかで目を引く。人族基準で言えばとんでもない美男子だが、それが《樹妖》であってもそうなのか。


「余はウーリーシェン。ウーリーシェン・オモノロゴワ。その方は何という」


「俺はユヴォーシュ・ウクルメンシルだ。こっちはバスティとヒウィラ」


「《人界》よりの客人よ、よくぞ参った。多少なり荒っぽい歓迎になったこと、まずは謝罪しよう」


 ウーリーシェンの言葉に、さほど大きくない広間───《樹妖》にとってはこれが大広間相当なのだろう───に詰めていた臣下たちまで含めて全員が頭を下げた。


 流石に慌てる。俺には大勢に傅かせる趣味はない。


「いや、あの、俺たちが急に押しかけたからであって……」


「で、あろうな。故に本題はここからだ」


 彼が片手を挙げると、一瞬前まで深々とお辞儀をしていた一同が一瞬にして臨戦態勢に移る。彼があの手を振り下ろすだけで、無数の敵意が殺到することだろう。


「どういうつもりだ? 妖精王」


「それは余の言葉である。《人界》の騎士よ、その方は一体どうしてまた、余の里へ魔族を伴って来た」


 ───バレてる!


 瞬間的に俺は《光背》を展開する。妖精王の手勢を吹き飛ばすためではなく、ヒウィラを攻撃から守るため。魔族は神話的に人族・妖属・龍族のいずれとも敵対関係にある。妖精王がまず問いかけから入ったのが意外なくらいで、問答無用で攻撃を加えてきてもおかしくないくらいのことはやらかしているんだ。


 だからと言って大人しく裁かれるなんて真っ平御免だ。やれるもんならやってみやがれ、里ひとつ敵に回したって俺は構いやしないんだぜ。


「ヒウィラは俺の仲間だからだ。確かに魔族だけど、彼女が信じているのは魔神アディケードでも魔神インスラでもない。敵対する道理はないはずだろ?」


「それは誠か? 魔族の娘ヒウィラよ」


「……ええ、私は貴方たちに危害を加えるつもりはありません。ですから───」


「その方の信じる神は何であるか」


「ッ……」


 単刀直入な妖精王の言葉にヒウィラが詰まる。


 ヒウィラの怯えが《光背》を通じて俺に伝わってくる。武器アルルイヤを没収されて無手の俺は、空いている片方をそっと伸ばして後手に彼女の手を握ってやる。大丈夫だ、俺が守ってやるからと勇気づけるように。


 柔らかに握り返される感覚。


「私の信ずる神は、神々にとっての神。《九界》統べるグジアラ=ミスルク。───博識なる妖精王であらせられれば、ご存じかと思いますが」


「……なるほどな」


 危惧していたのは妖精王がと言い出すこと。神のための神グジアラ=ミスルクの名は一般教養とは言い難い。俺も学院で教わっていたから知っていたものの、そうでなければ日常的に挙がる名ではないからだ。


 客観的に見れば魔族の娘でしかないヒウィラが、なんだかよくわからぬ神の名を挙げれば、でっち上げと思われてそのまま処断される可能性もある。信じる神ひとつ、たったそれだけの違いで殺し合うことがそもそもおかしいんだと思いつつもそれは俺が異端だからで、彼らからすればそれが自然だということを常に心に留めておくべきと再認する。


 当たり前を害された人がどう出るか、俺の人生経験だけで一概に括ることはできないけれど。少なくとも良い方向へ向かうことはないのは、それでもわかるから。

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