282話 幽林訪客その3

 ……目が覚めると、手を伸ばせば届く距離にヒウィラの寝顔があって飛び起きそうになった。


「うおッ……」


『キミが寝入ったすぐあとに彼女も横になってね、その後はもうあっという間。よっぽど疲れていたみたいだ』


『……何かあったか?』


『なんにも。静かなもんさ、ここは』


 思い返してみても記憶にも不整合はない。バスティの言う通り事態に動きはなかったらしい。仮眠をとってみてはじめてわかったことだが、どうやら俺は自分で思っていた以上に疲れていたらしい。そう長いこと寝ていないはずなのにかなりスッキリしていた。


 ヒウィラも同じか。いや、《光背》で周囲を感知できるからさほど心配しなくてもよかった俺よりも、疲労感は段違いと見るべきだ。まだしばらく休ませてやった方がいいと判断して、俺は起こさないよう最小限の動きだけで仰向けになる。


『彼女、お姫様育ちなんだろう?』


『そうだな』


 ヒウィラが《魔界》アディケードの姫君とされていることも、実は血縁関係にない影武者であることもバスティには話してある。《魔界》インスラまで行くことになった大冒険の顛末についてはおおざっぱにしか話していない。というのもバスティが「聞かなくてもどうせ色々やらかしてきたんだろう。いいよ別に、そこまで興味ないし」と不貞腐れてしまって説明する機会を逃してしまったからだ。


 経緯説明のみならず、基本的にバスティはヒウィラに対して距離を置いている。魔族であること、《信業遣い》であることが関係しているのかとも思ったがどうやら違うらしく、もっと根本的に性格が噛み合わないのだ。


 自称小神であるバスティも、姫君代理のヒウィラも、そのパーソナリティから尊大になりがちだ。そこがぶつかっているのだろうと俺は推測しているが、実状は本人たちにしか分からない。何なら当人だってよく分からないまま馬が合わないと感じている可能性もあるから、そうなったらお手上げだ。


 とはいえ、何をする前から諦めるわけにもいかない。


『もっと仲良くしろよな、二人とも。何であんなツンケンしてるんだ』


『いやいや、そんなことないよ? もしそう見えるならそれはあっちの問題さ』


『嘘つけ。バスティも他の人にはあそこまで棘があるようには見えないぜ』


『……まあ、好き嫌いはあるさ、ボクにだって。シナンシスのいう通りなら、小神ボクだって精神的には人間らしいからね』


 ニーオが語ったところによれば、《人界》を支える小神もかつては人であったという。バスティの正体は未だ知られざるところだが、仮に彼女も小神ならば神体に宿る前は人だった、ということになる。


 それならなるほど、ヒウィラのことを嫌うのも個人的な問題ということになってしまう。納得はしづらいが、理解できるだけに強くは言えない。


 俺がそう念話で伝えると、


『莫迦だな。ボクはなワケじゃないさ』


『どういうことだ?』


 問いに答えは返ってこなかった。バスティは分かってないなと言いたげな顔で首を振るばかりで、こういうときはどれだけ突いても口を開こうとはしないから俺は諦めるしかない。


 ……やれやれ、結構長い付き合いだと思ったんだがな。俺はまだまだバスティのことを理解できたとは言えない。どこまでいっても謎めいて妖しい相棒だ。

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