280話 幽林訪客その1

 俺を連行する《樹妖》の男たちは《人界》における征討軍に相当する精鋭らしい。足音から人数が把握できない。《光背》で把握している限り十三人で一組らしいが、それだけの人数で一糸乱れないというのは驚嘆に値する。


 ……それも当然か、と思う。


 聖都に妖属がやってきてもここまでの応対はされないだろうが、それは仕方ない差異だ。《妖精の輪》で気軽に隣界へと移動できる妖属と違い、人族が《妖圏》を訪れるには《枯界》を経由するしかない。希少性という観点からして警戒するのは必然だ。そこまでできる実力者がそこまでして何故ここへ? そう思って、取り調べに来るのは話せる奴だろう。それこそ俺の望むところ。


 俺たちは地上を行く。《樹妖》の兵のうち半数は樹の上を、残りは俺たちを取り囲んで地上を進んでいく。今は《幽林》のコルドーへ近づいているのだと思いたいが、万一このまま里から離れた場所で秘密裏に始末するとかならその時は抵抗しないといけない。だが最初から抵抗すれば話ができない。期の見極めが肝心だ。


 視界を覆われたまま歩くのは普段の倍以上疲れた。やがて「止まれ」と言われて立ち止まったのもやはり林のド真ん中で、これはマズいかもなと思い始める。《光背》で探れる範囲に妖精の里それらしい雰囲気はない、包囲された地点と大差ない林じゃあ期待するのは難しいだろう。


 殺意を向けられた瞬間に《光背》を全開にできるよう身構える。


「抵抗はするな。これから《倢羽ハヤハネ》を呼ぶ」


「んん?」


 向けられたのは武器ではなくそんな言葉だった。口枷でうまく発音できなかったが、まあ概ね「何?」くらいの声を上げた俺を無視して、《樹妖》の青年が両手の指を咥えたのが《光背》で伝わってくる。


 そのまま指笛を吹きならす。高く伸びやかな音が響いて、しばらく待つ彼ら。


 俺は音よりも先に《光背》の知覚圏での接近を感じ取ってぎょっとしてしまう。やがて風を切って飛来したのは片翼だけでも俺が両手を広げたくらいある鳥だ。指笛で呼ばれたそいつらは十羽近く、どいつもこいつも笑っちまうくらい大きく、そして軽やかに木々の合間を舞い降りる。


 そいつら───彼らと呼ぶべきか、は俺たちの一団目がけて真っすぐに降りてくる。一羽は俺を狙いすまして降下してくると、四本ある脚のうちの二本で俺を掴み上げる。足が宙ぶらりんになり、俺は翼で空を飛ぶ感覚に内臓がひっくり返った。


 これが《倢羽》、空舞う怪鳥。樹上生活をするにあたって、彼らが飼いならした移動手段───俺たち人族にとっての馬のようなものなのだろう。


 俺は放つ直前だった《光背》を引っ込める。これで高高度から放り捨てるならともかく、どうやら彼らはちゃんと俺たちを里に運ぶつもりがあるらしいと分かったから。さてそうなると、妖精の里ってやつが俄然気になってくる。何せ初めてのことだから、折角だし楽しまないと損ってもんだろう。

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