279話 妖圏迷走その7
獣の一匹に出くわすこともない道行き。
最大の敵は退屈だった。はじめは新鮮に映る長樹の森も、見慣れてしまえばただただ長いだけの樹に過ぎない。行けども行けども同じ風景が続けば、どれほど奇異なものであってもやがては飽きる。
三人で他愛もない会話を続けてどうにか過ごしながら進むこと、三日目。
長樹の森をただ進み、時折《光背》で樹上に出ては里がないか探すのの繰り返し。何も起きないから正直なところダレていたのは認める。とはいえ知らぬ地、いくらなんでも腑抜けすぎていた。
妖の里、妖精王の治める地がそこらの村と同じ隠され方をしているなんて夢にも思わなかった俺たちは、
「───動くな」
あちらからそう声をかけられるまで接近にまったく気づかずにいたんだ。
視線だけで辺りを見渡すと、俺たちは完全に包囲されている。認識していても《樹妖》だと理解していなかった彼らが引き絞っているのは弓矢。狙いが俺たちに向けられているのは言うまでもないだろう。彼らの指が矢から離れた後でも《光背》で防げる自信はあるけれど、それはそれとして殺意を向けられる不快感は言い難い。
俺は敵意に敵意で返したくなるのをぐっと我慢して、俺は両手を上げて降伏の意を示す。どうやら妖属でも同じ意味のジェスチャーとして通用するようで、今にも放ちそうな勢いが少しだけ減じた、気がした。
考えてみれば妖属の中心地のひとつなのだから、聖都に次ぐ警戒網を敷かれているとみるべきだった。接近を察知できなかったのも魔術的隠匿や種族特性による隠形のみならず《信業》───妖属流に言うなら《
「───俺は旅の人族だ。君たちを敵に回したくない、話をさせてくれないか」
「黙れ。貴様と問答するのは私の役割ではない。貴様は黙って捕縛されていればいい」
村人と同じ、取り付く島もない───ように見せかけて、けんもほろろに追い返されるということはない。俺たちを捕縛するということは里内に入れてくれるということで、俺たちを尋問する役割の誰かがいるということも分かった。ならばジタバタする必要もない、俺たちは大人しく拘束されて担当者を待てばいい。
「……いいよな?」
「ユヴォーシュにしては大人しい選択ですね」
バスティは無言で肩をすくめる。それを同意ととって、俺は《樹妖》に向き直る。
「分かった、捕縛してくれ。どうすればいい?」
「武器を足元に置け。手を後ろで組んで跪け。すべてゆっくりと行え、急に動けばどうなっても保証しない」
「物騒だな」
一言だけ言わせてもらうが、それ以上の無駄口は叩かない。余計なことを言って射かけられて(《信業遣い》と露見して)も面倒だ。
従順に指示通りにする俺たちに《樹妖》の警備兵たちがじりじりと接近し、後手に組んだのを手際よく縛り始める。目隠し、猿轡も噛まされて五感を封じられるが───極微量の光量で《光背》を展開して周囲を把握する。
いざというときは《光背》でも《火焔光背》でもぶっ放してしまえばいい。
連行されているとは思えない太々しさのままに俺は引っ立てられる。絵面はなかなか酷いものだが、どうあれこれで《幽林》のコルドーに
どんなものか存分に見てやるとしよう。今見えないけど。
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