277話 妖圏迷走その5

 樹上住宅に《光背》で突っ込むなんてそんな好戦的な真似はできない。俺は光球を徐々に減速させ、一定の距離を保ったところで停止させて開く。


「ちょっと大声出すからな」


 両脇に一言添えて、すうっと胸を膨らませて、


「おおォォ───いッ!! 俺は《人界》より来た旅人だ、敵意はないッッ!!!! 少し話せないか───ッッ!!!!」


 放った声量は決して全力ではない。《信業》で拡声すればここから見える一帯に漏れることなく伝えるくらいは可能で、そこまでする必要はないから肉声のみ。


「ちょっと?」


「ボクは知ってた。ユーヴィーのそういうズレてるところ」


 背後の不平不満が聞こえないフリをして、俺は樹上生活を送っていると思われる妖属たちの反応を待つ。先の言葉は嘘偽りない本心で、俺は乱暴な真似なんかするつもりはない。出てきてくれるまで、ただ待ち続ける。


 果たして、幸いにも緑の球から出てくる人影があった。


 小ぶりな家屋からおずおずと現れたのは見合った背たけの妖属。髪は鮮やかな緑、肌色は木肌と近しい焦げ茶。総じてこの長樹の森に溶け込む色彩をした彼らは、《樹妖》というと知っていた。ここでお目に描かれるとは思っていなかったし、彼らの容姿が樹上生活に適しているのだとは知らなかったけれど。


「───良かった。出てきてくれてありがとう、いくつか聞きたいことが───」


「何者か知らんが帰ってくれ。この村には何もない」


「おあ?」


 けんもほろろとはこのことか。《樹妖》の男(青年と言っていいのか分からない。外見から年齢が分からないのは魔族も妖属も同じだった)はそれだけを告げに出て来たらしく、心底迷惑しているという顔のままドームに引っ込んでしまった。


 いくらなんでもそりゃ困る。ここより他に道を聞ける候補なんてないんだ。何も見つからなかったら諦めて当てどない旅に出るつもりだったが、ヒウィラが見つけてくれて出会えたのだから次の目的地くらいは教えてもらわないと。


「……待、ってくれ! ここじゃなくてもせめて、他に人の集まる場所だけでも知らないか! なあ、頼むよ!」






 ……必死の呼びかけで、どうにか一個だけ聞き出すことに成功した。即ち、西の方角に存在する《樹妖》たちの里の存在だ。妖精王の一柱が治めるというそこへ向かえば、他の里への道も拓けるだろう。ケルヌンノスの行方の情報収集も叶うと信じよう。


 何はともあれ、聞き込みのできる人口密集地に行かねば始まらない。


 俺の礼なんて欲しくもないだろうが、丁重に礼を述べて村を後にする。向かうは妖精の里、《幽林》のコルドー。

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