276話 妖圏迷走その4

 《光背》は遠目に見れば光の球体であり、端的に言って目立つ。だからヒウィラが発見したらしい何かに接近するために用いるのは危険かもしれないと思いはした。思いはしたが、しかしそれよりもメリットの方が大きいのも確かだ。


 包んでおけば奇襲にも対応可能。俺のリソースで三人まとめて運べるから、警戒はあとの二人に投げられる。そもそも《妖圏》に来ている人族の時点で《信業遣い》なのは分かり切っているから、隠す意味が薄いというのもある。


 《光背》を滑らせるように樹上を移動する。


「便利でいいねぇ、これ」


「今後はすべてこれでいいのでは?」


「やらないぞ」


 今回は樹上を跳び移って移動するなんて面倒だし危険だから特別だ。いつでも馬車馬の代わりにされたら堪らないから釘をさしておく。こいつらなら次回以降当たり前のように要求してきそうだ。


 滑空する俺たちの目に入るのは、ヒウィラの発見した


 ───遠目には緑色の塊、だったのだが。


 それは確かに人工建造物。枝葉の中に紛れるかたちで作られたそれは、樹上生活を送る妖属の家らしい。枝葉や蔦で編み上げられた球状のそれは俺たち人族の観点から見れば小ぶりだ。そんなものがぽこぽこと、密集して十数個点在している。


「よく発見できたな、これを。俺は全然気づかなかった」


「別に、私はちゃんと働く気があるだけです。───いつまでも《妖圏》に留まっていると、館が埃まみれになってしまいますから」


 ───ディレヒトとの約定。ケルヌンノスの首級を持ち変えるまで《人界》の地を踏むことを許さないということになっている。俺も帰りたいとは思っているが、それ以上にケルヌンノスを追うために約束をした節がある。


 だがヒウィラはそうじゃない。彼女はケルヌンノスに面識がないから思い入れも何もない。ニーオについても、彼女からすれば大騒動を起こして自分たちを拘禁した女という認識だ。彼ら彼女らのせいで負ってしまった負債を、さっさと清算してしまいたい一心なのか。


 ……それくらい、《人界》を───ディゴールのあの館を帰る場所と思ってくれているのか。


「……そうだな。さっさと帰らないと、きっと皆心配してる」


「いえ、別に私は他の人族はどうでもいいのですが」


「そんなこと言うなよ」


 聖都で昼夜がひっくり返ってからこっち、ずっと強ばっていた心がほんの少しだけほぐれたような気がする。俺はツンと澄ましているヒウィラの頭に手を置くと、わしゃわしゃと撫でまわす。


 とんでもなく嫌そうな顔をされた。傷ついた。

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