274話 妖圏迷走その2

 人族には《妖精の輪》は使えない。隣り合う《妖圏》へ辿り着くためには一度《枯界》を経由しなければならない。そして万象枯れ果てたる地こと《枯界》には安定が存在しない。《信業》で無理やりこじ開ける不安定《経》のみが、《枯界》と行き来する唯一の手段だ。


 こんなことに慣れたくもないが、俺は《枯界》の往還の経験は人一倍多い方だ。聖都で旅支度を一日で済ませ、ろくな休息も取らずに出立する。途中でヒウィラはぶちぶち文句を言いはしたものの、それでも付いてきてくれるのは感謝しかない。単純に《人界》に後ろ盾がいなくなるから仕方なくなのかもしれないが、俺はではないと思いたいし、そうじゃなかったときに烈火のごとく怒らせるのは目に見えている。俺は落ち着いたあたりで改めて礼を言うことを心に決めた。


 砂だらけの《枯界》を探索して《妖圏》への不安定《経》を開いた。


 そうして至った《妖圏》は、


「───思ってたのと違ったな」


「確かに普通じゃない妖しいかもだけど、これはねぇ」


「並外れているかもしれないけれど、これが《妖圏》なの?」


 ヒウィラの出身界、《魔界》アディケードは《妖圏》とは《経》が繋がっていないし、隣接もしていなから妖属にほとんど馴染みがない。妖属からしても《魔界》へ行くメリットはないから、《人界》ラーミラトリー=ヤヌルヴィスにいる極少数の個体くらいしか知らない彼女はほとんどイメージを抱いていないんだ。


 だから彼女だけはただただ驚嘆して見上げている。俺はげんなり、バスティは半笑い。




 ───俺たちは今、どれだけ背中を反って見上げてもその天辺の見えない、そんな大樹の森の中にいる。


 ぐるっと一周、見渡そうにも真っすぐ伸びた幹で視界が塞がれている。低いあたり(といっても信庁本殿の大聖堂の最高地点よりも上だが)には枝葉もついていない。大きく見上げて目を凝らしてようやく、はるか上空に緑が見える……ような気がする。風が吹いているのか木漏れ日は動くけれど、何故だか違和感がすごい。少し考えて気づく、普通ならば聞こえるはずの木々のざわめきが遠すぎてしないのだ。


 総じて落ち着かない。どうにか脱出したいがこんな森ではどちらへ行けばいいのやら。


「ユヴォーシュ。いつまでもぼさっとしていないで、《光背》で上まで運びなさい。樹の上に出ればこれから先の進路も考えやすいでしょう」


 ……その手があったか。


「自分の《信業》で何ができるかくらいちゃんと把握しておきたまえよ、ユーヴィー。いつまでも《信業遣い》初心者みたいな顔をしているものじゃないぜ」


 もう結構歴戦なんだからさ、と言われてしまうと何も言い返せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る